うんこめも

自律分散うんこ製造システムについてのメモ

コミュニケーション雑感

あまり知見や勉強した経験がなく、いいサーベイスキルがあるわけでもないのでちょっと適当気味だけれど、コミュニケーションについて考えたりしているのでそれをまとめとく。

まずコミュニケーションとはなんぞや、wikipedia先生によればコミュニケーション (漢: 交流 英: Communication) は、複数の人間や動物などが、感情、意思、情報などを、受け取りあうこと、あるいは伝えあうこと。だそうだ。
人と人のあいだの情報(∋意志、感情)のやりとり、ということだろう。そしてそれが問題になるのは、この情報のやりとりがしばしばうまくいかないから。情報はまず完璧には伝わらない。情報は欠落するし、誤解されるし、ねじ曲げられる。良い通信プロトコルがあるとよいのだけれど、コンピュータよりはるかに複雑だ。情報の媒体は音声や文字の言葉もあれば身振り手振り表情をはじめとするノンバーバルなものでも伝えられるし、環境や過去のやりとり、はたまたアニメのネタなどの背景まで膨大なコンテクストに支えられている。こういった非常に莫大な情報をリアルタイムでデコード、解釈できる人間はすさまじい。多少曖昧だからといって文句を言われる筋合いではないだろう。


しかし、だからといって人間の脳みそにすべてを依存できるほどコミュニケーションがうまくいっていないのは明確だ。



人と人の齟齬が起こした事件や悲劇はわかっているものだけでも数知れない。誰にも伝えられずに苦悩している人も多いだろう。恋愛やいじめ、はたまた被災地の住民の孤独などもある。



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というここまでは前振りで、以下コミュニケーションのアイデア小ネタメモ。

機能別コミュニケーションと事業別コミュニケーション

経営学や組織論の話で、企業の組織のあり方として事業別組織と機能別組織というものがでてくる。
事業別とは例えば、家電メーカーでは、掃除機部門・冷蔵庫部門・テレビ部門と商品や事業ごとにわかれているもの。機能別とは、営業部・購買・法務部・総務部と組織の機能を分割しているもの。どちらも一長一短ではある。ほかにも機能と事業でさらに分割したマトリクス型組織、とかもあるらしい。マトリクス組織(まとりくすそしき) - ITmedia エンタープライズ


注目すべきなのは、どちらも企業内の効率化のための手法だということ。効率化とはたくさんの人間が働く企業で情報をうまくまとめるために小さな部署に分割するということだろう。1000人でコミュニケーションをとるのはむずかしいけれど、20人なら内部で多少のコミュニケーションが取れる。経営陣としても、機能や事業に分割することで扱いやすくなる。


それと同じようなことが、1対多のネットコミュニティにも存在するのではないだろうか。

たとえば2chは板ごとに話題がわかれた機能別のコミュニティだし、社内SNSや部活のML、mixiのコミュは組織別だ。これもコミュニケーションを円滑にするためなのだろう。だれでもいるようなコミュニティで自転車について聞くより、2ch自転車板やyahoo知恵袋の自転車のところで聞いたほうが期待のコミュニケーションはとりやすいだろう。同じように会社のことや組織のことはその特定のコミュニティで話すべきだ。ではfacebooktwitterはどうなのだろう。

facebookは友人、を集めているある種、事業部別のコミュニティだけれど、twitterはそれに加えて趣味などでもフォロー関係を広げている。もちろんtwitterの使い方は人それぞれなので、事業別にも機能別にも使える。けれど、アカウントの切り替えの手間や生活空間という制約から自分という個が出てこざるを得なくなる。

そのとき、機能と事業、つまり趣味と所属組織が入り交じったコミュニティはどうなるのだろうか。どれだけ友達でも、自分の興味のない趣味の話を垂れ流していたり、逆にオープンに内輪な話をしていてそれがタイムラインに流れてきたらどう思うだろうか。これはかなり主観的だけれど、興味が湧く一方で、ちょっと目障りに思うこともある。それなのにtwitterが広がっているのはなぜか。


皆の自制?それともすぐに流れていき、全てを観る仕組みになっていないTLの揮発性だろうか?


その理由はわからない、わかったところでなにも得るものはなさそうだけれど・・

個人的に危惧しているのは、twitterに人が流れてしまったことで、2chやQ&Aサイトから質・量とも人が減ってしまい、役立つ機能別コミュニティの質が落ちているんじゃないかということと、人が増えすぎて退屈になりかけているtwitterから離れる人が徐々に増えるんじゃないかということだ。

楽しいのだけれどね。twitter


コミュニケーションの媒介

情報のやり取りというコミュニケーションもダイレクトに情報を伝えられるわけではない。将来的には攻殻機動隊の電脳通信、ブレイン・マシン・インタフェースのような形で実現できるかもしれないけれど、まだまだできなさそう。そこで単純には言語的なメッセージと様々なノンバーバルなメッセージを用いる。すこし視点を変えて、初対面同士のコミュニケーションを考えてみる。相手の考えがわからないから単純なメッセージでコミュニケーションをとることも難しい。まわりでそういう例を見ていくと、具体的なものを媒介にしてコミュニケーションをとっている例がある気がする。ものやお金、居場所などである。それらのものを通して、間接的に意図を伝えたり、共通の知識をとっかかりに情報をやりとりできる。


そんなのあたりまえじゃん、と言われそうだけど、ここで、その媒介となるなにかをうまくデザインすれば、コミュニケーションもデザインできるんじゃないか、と考えられないだろうか。

(というのを最近、だらだらと悩んだりしているのです)



なんだかいつにもまして、駄文というか無方向ならくがきな気がしなくもないです。
具体的なものがなくはないのだけど、まだ公開できる段階ではないのでアイデアの記録程度なのかも。


最後に、コミュニケーションの研究者はコミュニケーションにコンプレックスをいだいている、という話をコミュニケーションの研究者の方から伺ったのだけど、ぼくがコミュニケーションに興味が有るのも同じ理由なのかもしれない。

おしまい。