ぜぜ日記

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大学新入生にすすめる本 工学部版

いつのころからか、大学新入生や新入社員にすすめするブックリストみたいなものが流行りだして、人生経験豊富な先人たちによる推薦リストはもはや毎年の春の風物詩となっている。毎年毎年、雑誌の特集やブログ記事が出ているにもかかわらず中身は定番古典名著ばかりで、情報技術な時代でもなかなか蓄積された知識は利用されないのだなあ、と思わずにはいられない。

とはいえ、別に新入生じゃなくともこういったリストを読むとおもしろいし、自分は教養が足りないと感じることもできてたいへん便利。たぶん、すすめている方々は新入生の将来への期待と、貴重な青春を受験勉強というペーパーテスト対策に費やしてきたことへの慰労とともに、若干の衒学趣味と、自分の過去に対する自負と後悔があるのではないかとにらんでいる。

まあ、前置きはさておくとして少しGoogle検索するだけでたくさんの本やサイトがひっかかる。

提案

これらのリストもおもしろいことはおもしろいんだけれど、ひとつ不満がある。ほとんどがざっくりとした「大学生」という大きすぎる属性を対象としているために軸がないようなものが多いように思うのだ。誰にでもおすすめできる無難な名著も悪くないけれど、もっとしぼった、その学問の初学者だからこそ読むべきというのもあると思う。もうちょっと細かく、たとえば自分の妹弟、あるいは息子娘・・・とまではいかなくとも、都会の工学部情報系とか、地元の医学部とかまで絞って、その個人的な選本理由をつけたものがあれば読んでみたい。本そのものだけではなく、その推薦のメッセージも気になる。

というわけで、みなさんも仮に工学部(ほかの学部でもいいですし細かい学科を指定してもありです)に入学した妹や弟、甥、姪がいると仮定して、お兄さんお姉さん親戚のおじさんおばさん他親類にでもなったつもりで入学祝いにどんな本を贈るか思考実験してみませんか。

自分の場合

この思考実験に取り組むみなさまに先入観を与えてしまうかもしれないけれど、あえて対象をかなり具体的にしぼってみる。

対象は、田舎の公立高校に在籍していて理数系がちょっと得意、あるドラマの影響でふわっと工学部某学科に行きたいと思った女子高校生。卒業までは受験勉強で貴重な青春を消耗してしまっていて*1、自分から大学レベルのことを学習したり、手を動かして実験したりものをつくったりするようなことはしていない。将来の展望もふわっとしていて、まわりが大学に行くからなにも考えずに進学を希望しているし、まわりに工学を実践?している人もいなくて大学やメディアが発行しているプロパガンダによるイメージしかない。PCはほとんど使わず、インターネットもLINEで友達と交流するくらい。なんとか第一志望の大学に合格できて同級生たちと卒業旅行に行ったり引越と新生活の準備をしているなかで大学生活に希望と漠然とした不安を抱いている。

そんななか、大学は楽しいけれど、遊ぶだけが楽しさだけではないし、就職予備校的な役割だけでもない、単位をとるために勉強するだけじゃモッタイナイよ、という程度のスタンスで、余計なお節介と承知でいくつか本をすすめてみる次第(とてもじゃないけれど、大学生かくあるべしとは言えない)。その分野に習熟しているわけではないので専門書・教科書は未掲載。 自己啓発的なイメージがこびりついた言葉で好きじゃないけれど、視野を広げて欲しいな、と思うのです。

本人にとってなにがいいのかは少なくとも十数年たたないと評価できないと思うし、大学に入ろうが入らまいが本人が好きな分野(大学の専攻に関わりなくとも)を勝手にどんどん勉強して取り組んでいくのが一番いい気はする。たとえば、高校生以前から好きで好きで仕方ない分野をもっていたり、手を動かしていたノーベル化学賞受賞のマリス博士のような人や、たまにメディアに出るハイレベルなプログラミングをしている方々にはこういう心配は不要なようには思う。

さらに前置きが長くなったけれど、こういう前提のもと、平年の女性率3-5%の工学部某学科に入学することが決まった妹にすすめてみる本を書いてみる。

技術者列伝からみるエンジニアの生き方「メタルカラーの時代」

メタルカラーの時代1 (小学館文庫)

メタルカラーの時代1 (小学館文庫)

メタルカラーとは、ホワイトカラーやブルーカラーに対比してエンジニアをさす造語。 困難な現場を担ったり、画期的な製品をつくりだしながらも日の目に当たることの少なかったエンジニアを広く取り上げたインタビュー集。古いし、それぞれの話は浅いし質問は的外れだしで物足りないんだけれど、このテーマでここまで広くとりあげていたのはほんとすごい。特に印象に残っているのは瀬戸大橋を支える技術の、あれだけ大きいのに(だからこそ)かなり精密さが求められる部分や、山奥の斜面にそびえ立つ送電塔を建てるロストテクノロジーあたりはエンジニアの苦労と自負心がにじみ出ていてあつい。(いま調べ直して気づいたけれど文庫で15巻まで出ているの知らなかった・・・) 類似本として、「建設業者 」は建設・建築系の主に職人に特化していてよかったけれど、自分の分野の先輩方のインタビュー集とかは時代錯誤もあったり先入観を持つ危険性もあるけれどお手軽にイメージつかみやすいと思う。

近未来エンターテイメントSFから広げる想像力「攻殻機動隊

2つめからマンガ。それも士郎正宗の作品。身体性と自己同一性をテーマにしたストーリーはいまでこそ陳腐かもしれないけれど、豊富なガジェットに彩られたエンターテイメントとしておもしろい。 特に、80年代末のWindows95が出る以前に脳に端末を埋め込む(電脳化)によるネットワークの発達や、義体というサイボーグ、またそれらによる犯罪。光学迷彩人工知能なども凝っている。 マンガの欄外に細かい手書き文字で書かれている作者の解説/蘊蓄もSFと侮れないほどの技術的考察と示唆があって読み応えがある。ややエロ描写があるけれど、だいじょうぶでしょう。

また、押井守神山健治によるアニメ版は傑作ではあるけれど二次創作でしかないしかなり色をつけられているとは思うのです。原作はもっとニヒリズムと自分本位さがあって、だからこその人間味がある(映画、SAC,SSSでの少佐の眩しいばかりの正義感には唖然とした)。

余談ですが自分は高校1年生の時に、友人宅で神山氏のアニメの19話「偽装網に抱かれて 」を見て攻殻を知り、台詞が英語で欄外に日本語が書いてあるバイリンガル版のマンガを買ってはまっていた次第、誤訳は多いけれど日本語も書いてあるので問題なし。ちなみに、その友人は東大理科一類に入学したあと、高校の同級生へのストーカーをしてしまったりして現在行方不明。大丈夫かなあ。 さらにちなみにですけど士郎正宗で一番好きなのは仙術超攻殻オリオン です。

ほか、マンガだとゲームクリエイターの熱狂を描く「東京トイボックス 」、狂気のSF「銃夢 」、士郎正宗の「アップルシード 」あたりとかかな。溶接工の日常と悲哀の「とろける鉄工所 」はほのぼの大好きです。

組織と技術者のカンケイ「NASAを築いた人と技術」

宇宙開発ミッションは人類の経験した中でももっとも技術的に高度で大規模なプロジェクトのひとつだと思う。政治的な制約や全世界からの注目もありプレッシャーは半端ではなかった中、その組織的・技術文化的な葛藤は組織におけるプロジェクト推進の事例としても参考になる。

本書で繰り返し現れる事象は、プロジェクトの規模拡大により職人的な技術コミュニティから近代的な、脱人格化された厳密なプロセスに移行する過程。そして過程で発生する衝突。

マネジメントと無縁でいられないエンジニアリングの側面を知ることができるかも。 そういえば2年ほど前に漫然とした読書メモ書いている。

ちなみに4000円超の高い本だけれどTwitter社に勤務している有人に貸したまま返ってきてないのでこんど返してください。

エンジニアかっこいいSF「火星の人」

火星の人

火星の人

また若干宇宙ネタがかぶるけれどこんどはエンジニアかっこいいライトSF。知識と計測、予測と計画による問題解決はほんとエンジニアっぽいロビンソン・クルーソーアメリカンユーモアもさえてる。 簡単にあらすじを言うと、火星への3度目の有人ミッションの際、主人公は事故により死亡したと思われ1人火星に取り残されてしまう。植物学者兼メカニカルエンジニアの主人公は限られた資材を工夫して生き延びていく。作業日誌文体のなか、ロビンソン・クルーソー的な創意工夫とユーモアがあってハラハラがあってよい。エンジニアかっこいい系ハリウッド感もあって、今年末には映画化されるのだとか。宇宙が舞台だけれど、ここに興味がある人だけでなく工学やっている人は誰でもおもしろいと思う。 設定も小道具もとっぴなところないので普段SF読まない人もグレッグ・イーガンとか谷甲州とか重いハードSFでつらい思いをした人にもおすすめ。

これは、妹に請われて受験直後に下宿探しを手伝いに行った際、ちょうど読み終わったので譲ったところ、翌日一日で読んでしまったとのことであった。

ちなみに、ほか、エンジニアかっこいいSFってなにがあるだろう。たくさんあるような気がするけれど、うまく思いつかないのであれば教えてください。

ビジネスの波に翻弄される技術者「イノベーションのジレンマ

多数の優秀な人材を擁してお金をかけて新製品を開発する、誰もが知っている大企業がなぜ窮地にたつのか。 近年だけでも、ソニーのテレビ事業、大赤字を出したシャープ、スマフォに粉砕された日本の携帯メーカ、救済されたビッグスリー、フィルムで一時代を築いたコダックと枚挙にいとまがない。これは、それらが大企業だったからこそイノベーションを起こせなかったと理論的に指摘している。ついつい、目の前の問題解決に没頭しがちなエンジニアもいるけれど、高度な技術はそれ自体で価値を持つのではなく、市場があってこそというのは認識しておくべきかもしれない。

ほか、やや古いけれど「フラット化する世界」では、グローバル化した時代での競争相手が急激に広がっていることが示されている。ただ技術を追求する「だけ」では勝てないということや、安定の大企業もあっというまに消滅するし、そこまでは行かずとも工場が簡単に国外に移転しうる残酷さがわかるかもしれない。企業の寿命が人生より短い中、自分のキャリアをどういう組織とともに形成するか、大学でどう学ぶかは意識しておきたいところ。

そういうキャリアのひとつのケースとして、タイトルからして有象無象の自己啓発本に紛れそうだけれど、フラッシュメモリの開発に携わった竹内健先生の「世界で勝負する仕事術 最先端ITに挑むエンジニアの激走記」がかなりおもしろい。大企業の論理に抑圧される技術者と、そこから執念で這い出して市場で勝負していく流れは劇画っぽさもあってよい。ただ、大企業をdisりすぎではあるきらいもある。とはいえ大企業に依存するキャリアのリスクを考えるきっかけにはなるかもしれない

とはいえ、なかにはジレンマを克服しつつある大企業もありそうだけれどこれからどうなるか・・・ 企業が「帝国化」する

好きなことを学ぶ「きっと、うまくいく」

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本ではなくて映画。それもインド映画。将来を嘱望されてインドのエリート工科大学にやってきた若者たちが、詰め込みハード教育に翻弄されつつも、一人の風変わりな同級生に感化されて生き方を考えていくストーリー。インドの教育問題への問題提起もあったりするけれど、エンジニアがすごい職業だということと、エンジニアリングかっこいいということが伝わってくるし、自分も大学でちゃんと勉強すればよかった・・・と思ったりもした。

170分とめっちゃ長いんだけれど、適宜ミュージカルもはいるしひどすぎるコメディもあってテンション高いまま突っ走っているので飽きはない。

好きなアメリカ映画「いまを生きる」の工学部版+コメディ+ミュージカル+いろいろみたいな感じでエネルギー量すごいし豊かな気持ちになれる。誰が観てもおもしろいと思うけど特に日本のぬるまゆ工学部の学生が観たら刺さるかも。

ほか、映画だと情報系に限られるけれどソーシャル・ネットワークあたりがギーク学生のはちゃめちゃぶりがあってよいかもしれない。

その他

あまり触れなかったけれど、ハウツー本としては名著「理科系の作文技術 」や「知的複眼思考法 」。上述のように、専門書を選ぶ知識はないけれど、その分野の日刊工業新聞社の今日からモノ知りシリーズやブルーバックスでその学科に関わる分野の本くらい入学前に読んでおくといいかも。あとは科学哲学の入門書くらいは読んでおいていい気もするけれど授業で取り上げられるだろうのでパス。

あまり学問寄り、アカデミックな方面の雰囲気がわかる本は知らないのでなにかいいのがあれば教えて欲しいです。理系白書とかポスドク残酷物語的なものは思いつくのだけれど・・・。

また、工学部の一部の学科では、女性率5%以下とかになっていて、おとこう学部と揶揄されるようにいやでも性差が強化されがちになるように思う。そんな環境を切り開いてきた女性研究者、女性エンジニアの物語があれば知りたいです。

みなさまへ

みなさまもぜひあなだだけのブックリストをつくりましょう。対象の学科と推薦する理由、コメント、思い入れ、どんな大人になってほしいかなども書いていただけるとうれしいです!

おわりに

少年老い易く学は成り難し、一寸の光陰軽んずべからず (朱子

自分ももっと学を身につけなければ・・・

*1:都会の私立中高一貫高出身の余裕をもって合格している人たちは教養豊かな人が多くてちょっとうらやましい