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(読書メモ)「ソフトウェア企業の競争戦略」

はじめは、魅力的なタイトルではあるけれど、この変化の早い業界で2004年に出版されたということで陳腐化しているものと思いあまり気を引かれなかった。
けれど、日本語版への序文で見つけた次の一説を目にし、これは今なお通用すると思った。

過去20年間にわたり、日本は米国に次ぐ世界二番目の規模のソフトウェアを生産し、使ってきた。しかし、多くの部外者にとってみると、日本のソフトウェア・ビジネスは常に謎めいた存在だった。テレビゲームを除くと、外国に輸出される日本のソフトウェア製品はほとんど無きに等しい。日本の法人ユーザーは、高価なカスタム・メイド(特注の)ソフトウェアを購入することになれてしまっている。日本のソフトウェア製造企業が、グローバルな製品を開発しようとしたことはほとんど無かった。彼らは国内顧客への対応に追われるあまり、英語によるインターフェイスを備えた製品を設計しないのである。日本の教育と雇用システムが、優秀なソフトウェアのプログラマーを生み出すのに必要な創造性を抑圧している、と考える欧米人も多い。


日本語版への序文より

MITスローン経営大学院教授 マイケル・クスマノによるこの本を読めば、日本のソフトウェア産業の今後についてヒントがあるかなと期待して読んでみた。いまだに通用しそうなこともあるし考えるきっかけになった。簡単に読書メモをとってみたので公開してみる。あんまり整理してないし読んでない章もあるので抜け漏れあるかもです。ご容赦を。


前提

あまりソフトウェア企業の定義は記述されていないけれど、暗黙のうちに1ライセンスいくらのパッケージソフトウェアか、それの周辺のビジネスのことを指していて、SaaSのような形態や、広告で稼ぐWebサービス、個人向けのECのような、執筆当時にあまりなかったものは念頭に置かれていない様子。著者も、2004年の時点で「これまで20年間業界をみてきて」と語っておりいまとは状況も異なることに注意。


ソフトウェア産業の特徴

ソフトウェア産業は他の産業と比べて特徴的な点があるため、経営や戦略も異なるものが必要となる。

  • コピー可能であり量産コストが安価
    • ※ソフトウェアはコピー可能な物ではあるが、企業の基幹系にかかわる箇所だと広範囲なカスタマイズと継続したサポートが必要になる。
  • 製品売上げに対するマージンが大きい
  • 製品企業の多くがいつのまにかサービス企業に変貌する
  • 製品開発プロジェクトの8割が遅れるばかりか予算超過になる
  • 生産性の高い従業員とそうでない従業員の生産性が10-20倍ほど違う
  • ロックイン

など
(いまだと追加するものはなにかあるだろうか?個人でも資本なしでも始めることもできる、とか?)


各地域のソフトウェア産業について

  • 欧州
    • ソフトウェアを科学として扱う傾向
    • SAP,ビジネスオブジェクツ、CERNとか。
    • プログラミング言語と設計原理分野で素晴らしい大学教育を実施
  • 日本
    • 基礎研究や大学研究に十分な投資をしていない
    • 富士通、日立、NEC、東芝、NTTのようなメジャーなソフトウェア企業は、OJTで教育しなければならず、開発は製品製造の課題のひとつになっている
    • ゲームや家電の組み込みなどの例外を除くと、日本の大企業は、経験則、プロセス、いくばくかの資本とマンパワーで大規模システムに取り組んでいる。
    • 標準化されたプロセスに従うカスタムまたはセミカスタムによる大量生産に向いている。
    • 類似システムを少し安く簡単に構築するには都合がいいが、世界を変えることはない。
  • 米国
    • ソフトウェア技術をソフトウェア企業設立のための手段だと思っている
    • 防衛産業などでは統制のとれたエンジニアリングとしてソフトウェア開発されている

日本企業はソフトウェアを生み出すプロセスの点では優秀。しかし製品については課題が多い。


信頼性や大まかな生産性指標では米国企業と同等か、より優れている。
標準化された開発手法、共通の訓練プログラム、厳格な品質保証手法、統計を用いたプロジェクト管理などが特徴的。
しかし、予測不可能でテンポの速いPCソフトウェアやインターネットの世界では、決まり切ったプロセスに従うより、戦略やカネを稼ぐことに注目した(一見いいかげんな)アプローチがよく適合している。(e.g. マイクロソフト


ソフトウェア企業の形態

事業成功は製品とサービス両方を同時に販売することにかかっている

ビジネスモデル

  • ソフトウェア製品企業
    • ライセンス料で稼ぐ
    • ヒット製品があれば大きな利益をあげられるが、まったく利益のでないこともある
    • ベストセラーをねらう印刷業的
  • サービス企業
    • コンサルティングや顧客向けソフトウェア開発・インテグレーション、テクニカルサポートなど
    • 労働集約的で利益率は悪くなる
    • 収入は安定する資産管理型
  • 上記のハイブリッド(サービスが8割程度)

ソフトウェアのヒットを出すと、ひとつのソフトウェアから膨大な利益を出すことが可能。
しかし、これは計画できないし、ヒットした後に、普及してしまえば、顧客はアップグレードしなくなる(office2003をいまだに使用している企業はいまだに多い)。
製品がコピーされたりコモディティ化することで急速に売上げが悪化することはよくある。
そしてより労働集約的で利益率の低いサービス事業(サポートやカスタマイズ)に移行せざるを得なくなる。
ただし、ソフトウェアのサポートやカスタマイズ、ソリューションの統合なども、結局はそのソフトウェアの売上げに遅行して連動する。これを切り離せる企業は少ない(例外はIBMやSAP)


つまり、新製品開発に力を入れている企業でも、結局は新規顧客への販売活動よりも、既存顧客へのサービス、および段階的なメンテナンスやアップグレードで収益を上げることになる。こうした企業は無意識のうちにサービスよりに転換しているため、環境変化に準備が出来ないことがある。市場の変化に対応するためには柔軟性を持った組織構造を持つ必要がある。
(どういう組織構造だと柔軟性があるのだろうか)


各形態での戦略

景気が悪いとき、または既存製品や顧客ベースが古くなってくると、市場で生き残るために、利益率の高い製品販売から利益率の低いサービスの販売へと移行せざるを得ない局面がある。


法人向けソフトウェアを販売しているソフトウェア企業の多くは、個人ユーザや特定顧客のニーズに合わせて自社の製品や戦略を適宜変更するだけの抜け目のなさをもつことが必要となる。


製品事業

製品事業では、標準化された製品を以下に多く売るかが重要。
基本的な戦略は似たような市場で経験済みの事例を規模拡大または繰り返すこと。
e.g.マイクロソフト、アドビ


開発部隊は、可能な限り多数のユーザに、まあまあ満足できる品質を保ちながら一定の期間で新製品とアップグレードを出すことに注力する。

カギは大量販売のためのマーケティング力と販売力。ほとんどのソフトウェア企業がつくっているのは補完製品だが、デファクト化を狙うことやプラットフォームリーダーを目指すことも戦略の一つになる。

コピー可能なソフトウェアを活かしてスケールが効くことがメリット

サービス事業

ソフトウェアサービス事業では主にひととかかわるものであり、顧客との関係を構築することがカギとなる。収益を生む顧客層を十分に確保し、自社の抱えるコンサルタントや開発担当者を限りなく100%に近い稼働状態にしておくことがサービス事業の目的となる。
e.g.IBM、PwC、アクセンチュア


範囲の経済がキモになる。ノウハウの共有・プロセスの標準化など組織能力が必要となる。
企業の根幹にかかわる、置き換えにくいソリューションによりロックインすることで継続的に収益をあげることも重要。


サービス企業は利益率は低くなるが、財務的には弱点であると同時に強みでもある。

ハイブリッド

これでうまくやるには、高度な技術、顧客管理力、組織能力を必要となる。両方をマスターしている企業はまれ。


技術の管理

ソフトウェア・ビジネスで技術を管理することは、特定ユーザのニーズに応じてソフトウェア製品や情報システムを設計、製作、テスト、納品、サポートし、そのライフタイムを通じてソフトウェア製品の機能を拡張する全体的なプロセスを監視することとほぼ同義である。


ソフトウェア企業の健全性を測る指標

  • 売上に占めるライセンス料の割合とその伸び率

−従業員ひとりあたりの売上高(20万ドルあれば、通常は適切な役割を適切にこなせる人材を雇うことが出来る)

もっとも簡単に従業員ひとりあたりの売上や利益を挙げる方法は、大量販売用パッケージ製品のベストセラーを開発すること。
特定顧客向けのソフト開発やサービスを主要ビジネスとするベンダーが多くの収益を得ることも可能だが、それはそれに見合う多くの人々を雇える場合に限られるだろう。規模の不経済。


ソフトウェア・パッケージを売る企業は製品がコモディティ化して、競合他社が出現するため大幅な赤字に陥ることがある。こうした状況では高価格のカスタムまたはセミカスタム製品を提供する企業のほうがそうでない企業よりも有利になる。


マーケティング

法人向けにソフトウェアがメインストリームの市場に無事到達するためには、ジェフリー・ムーアのいう「ホール・プロダクトソリューション」が必要になる。信頼性・使いやすさ・マニュアル・サポートが含まれる。利益も大きいがコストも大きい。企業は長期的なサポートのためにお金を払うことに抵抗は少ない。



特定のドメインに限られる垂直型展開と、そうでない水平型展開。マスかニッチかという選択もある
水平型は、市場が大きく魅惑的であるが、狙うには莫大な投資とスキルの獲得が必要となる。水平型で成功するにはまず垂直型で足がかりをつかむことが必要だろう。

理想はプラットフォーム・リーダーだがマイクロソフトやアドビなど少数の例しかない。



ヒット製品やプラットフォームをもらないソフトウェア企業にとって、ハイブリッドソリューションが現実的ゴールではないか

  • ベストセラー製品をつくり規模の経済をねらうことも出来る
  • 製品を補完するサービスの提供によって、製品・ビジネスの側面から収益をあげる
  • サービスの提供によりコピーやコモディティ化を防ぐ

管理するためのスキルセットが必要になる。


以下の方法を検討する必要がある

  • 複数ユーザのニーズに合うようにソフトウェア技術をパッケージ化する方法
  • あまりコストをかけずにここの製品をカスタマイズし、顧客ひとりひとりとの関係を深める術

ビジネスモデルを構築するために

以下の質問を考えることが有益

  • 主として製品企業なのか、サービス企業なのか
  • ターゲットは個人か法人か、マス・マーケットかニッチ・マーケットか。
  • 製品またはサービスは、どの程度水平的か、垂直的か。
  • 好不況に関わりなく入ってくる継続的な収益源は確保できているか。
  • メインストリーム市場の顧客をねらうのか、「キャズム」を回避しようとするのか。
  • 目指すのはマーケット・リーダーか、フォロワーか、それとも補完製品メーカーか。

−会社にはどのような特徴をもたせたいのか。


ソフトウェアビジネスはこれまでバブルとその崩壊にさらされ、絶頂とどん底を経験しているが、今日においてさえ、はるかに大きな波のとば口にさしかかっているにすぎないのではないか。


以上。



感想

この本で推奨されている戦略は、製品で売って、徐々に、その製品の個別カスタマイズ・サポートなどサービス方向で顧客とつながって長期的に稼いでいくというもの。日本のSIerではうまくできているだろうか。パッケージをつくっていても、結局は個別SIに流れてしまう企業が多いように思える。
SIerの偉い人からはサービス化・ソリューション化しようという声はよく聞くけれど、具体的になにをやっているかはよくわからない。やろうと言っているだけで人も予算もかけていないように思える。日本のSIerな企業から、いかに売れるサービス・パッケージをつくっていくのか、という方法論は気になる。考えがなくはないけれど整理できていない。


それと、本書であまり書かれていないこととして、ソフトウェア企業でいかに技術を管理していくかは重要だと思う。日進月歩の情報技術について、どう利用していくか、選別していくか。大きなソフトウェア企業でどうR&Dにお金をかけていけばよいか、どう現場に応用していくかは興味ある。



本書の書きっぷりとして、日米欧での現場経験が豊富な筆者らしく事例はよくでてくるけれど、データに基づいているものは少ないように感じた。主観的とまでは言わないけれど、いくつかの事例から一般化してしまっているような。ただ、おおむね直観通りではある。


1980年くらいから20年間ということでやや古いのが多い。この本に記述されていなく、近年に流行っているビジネスモデルとしてはユーザを集めて広告で稼ぐもの(SNSUGC)やECなどたくさんある。あるヒットした製品もすぐに売れなくなるというのはいまも共通しているかもしれない。ヤフオクや楽天などのようにタイミングが良くてデファクトになって続くサービスもあるけれど、そうでないサービスをどう続けていくか、どう撤退するかは新たな問題だと思う。なにかいい本かエントリかないだろか。



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