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「AIに負けない子どもを育てる」はただの教育本ではない

topisyuさんがブログで紹介していて手にとった本 topisyu.hatenablog.com

タイトルはそこらへんに転がっている教育論のようではあるけれど、本書の著者、国立情報学研究所の新井教授は「ロボットは東大に入れるかプロジェクト」というキャッチーなプロジェクトに取り組んでいる研究者で一味違う。このプロジェクトについてはネットで記事を読んだくらいの知識しかなかったけれど、本書を読んではじめてその深い意義と成果を知って驚いて、大げさだけれど感動した。

AIに負けない子どもを育てる

AIに負けない子どもを育てる

  • 作者:紀子, 新井
  • 発売日: 2019/09/06
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

このプロジェクトは東大入試*1を通して人工知能にできないことを世に明らかにしようとするというものからはじまっている。これだけでも、社会への啓発という点で価値がある。けれど、そこで終わらずに、人工知能の不得意な、意味を理解しないと解けない問題は大人を含む多くの人間にも難しいということを明らかにし、これを計測する方法、リーディングスキルテスト(RST)をつくりだしたという展開が語られる。

意味を理解するリーディングスキルを計測するための、本書に掲載されている7カテゴリ28題ある例題はおもしろい。そして、そのリーディングスキルが育たない教育の問題や計測方法について仮説を提示している。これはまさにエビデンスに基づく教育(Evidence Based Education)のための強力なツールだと思う。そして最近流行のEdTechへのするどい批判も納得がいく。

このリーディングスキルの不足から、人工知能と同じようにパターン認識によってテストを解くしかない学生も、文章が読めないゆえにSNSで誤読してクソリプをしてしまう人も、イメージ・党派性によってのみ動くポピュリズムも同根ではないかと感じる。

ただ、本書では解決策も提案されているし、これに加え、2020年の学習指導要領の改訂で高校の国語が論理国語と文学国語になるのはよいニュースだと思う。

こういった、人工知能と教育の学際的な領域でこれだけ意義があることをやって、RSTとして社会実装もして、国語の学習指導要領にも影響を与えているのはすごい。まさに情報学(≠情報科学)。ただ、現代教育への批判については教育学を専門にしている方々のコメントも読んでみたい。

終盤の著者の、主観から導き出したというリーディングスキルを向上させるための方法論も興味深い。だいたい、それはそうだろうな、と思うものばかりで子をもつ親が読むと参考になるかもしれない。そして大人でも読解力をあげられるというのは希望でもある。

以下、ちょっとネガティブなコメント

とても興味深く、かつ意義があることをしているし、知見もほんと参考になるのだけれど、いくつか気になるところもあった。

  • kindleで読んだけれど各見出しを表示するだけで目次に戻る異常な構成。これ、ちゃんと確認しているんだろうか・・・ 。ほかにそんな本の経験はない
  • 「ロボットは東大に入れるかプロジェクト」(東ロボ)というキャッチーなプロジェクトでPR力はすごいけれど、表層的だと批判されやすそうなプロジェクト名で意義が伝わっていなかったことで一部で叩かれていた気がする(これはSNSで本書のいうリーディングスキルの低い人間に見つかった、というだけではなく、説明も不足していたように思う)
  • 哲学者の野矢先生にほめられたことや、OECDの国家間での読解力や数理的能力を計測するPISA調査を主導したシュイヒャー博士に取り組みを説明した後に、文科省の人からから「シュライヒャーがあんなにムキになるのを見たことがない」と言われたと書くなどの他者との相対による権威付けがちょっと鼻についた
  • 読解力が低下しているのは穴埋め式のプリントやパワーポイントの普及で板書が減ったからでは、という仮説でもって後半進めているけれど、ほんとうに低下したのかは著者の主観としか書かれていなく気になる。当時の人にリーディングスキルテストを受けさせることはできないから検証しようがないけれど強引すぎるように思う。阿部謹也先生が「一橋大学の学生の知的レベル が劇的に下がったと感じたのは、生協にコピー機が導入されたときだった」と言っていたと本書で触れているように納得度はあるけれど、年配の政治家やジャーナリストなどTwitterでみていても昔の人もたいがい日本語読めてなかったんじゃないかとは感じる
  • 自分も北陸の田舎の公立高出身なので著者のように地方の公立校に期待するのはわかるけれど、都会の私立進学校出身の社会の上澄みしかみないエリートにこの国の複雑な問題が解決できる気がしないというくだりでの、マリー・アントワネットを例えに出すのはちょっと下品すぎる気がした
  • せっかくRSTを開発したけれど、解決策の提案が思い付きによっているように感じた。まだテストを開発して間がないから検証は難しいのだとは思うけれど検証への道筋を一言くらい触れていると安心できるのだけれど
  • あとがきにある、この次に取り組むこととして、幼稚園・保育園・学校向けのホームページを無償で提供するという宣言、これ意義があるのは間違いないけれど、この本でのテストと教育の方法論について論じた後にはつながりがわからなさすぎてがくっときた。著者の知性と経験と直感を活かすためにも、Evidence-basedな教育の方法論を発見するプロセスの開発とかのが有意義で著者ならではなのでは、という気がしている・・・。これをやるために、情報の整備が必要で、まずホームページが必要なんだというロジックがあるならいいんですが

と、批判を並べてしまったけれど、これは編集者の方がんばってくれ、という意味で、本書やこのプロジェクトの価値がすごいのは変わらない。教育に関心のある方みんな読みましょう。

海外での事例としては読解力の前段階の非認知能力に着目した研究や事例を紹介するこの本がちょっと近いかな。

*1:自分は前期で理科2類に落ちた