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戦慄しつつゲラゲラ笑える稀有な小説「ゲームの王国」

小川哲さんの「ゲームの王国」を読んだ。 基本読書さんの紹介でkindleで買って10か月ほど寝かせてから読み始めたんだけれど、これがおもしろい。

huyukiitoichi.hatenadiary.jp *1

1970年代からはじまるカンボジアを舞台にした、つまり、クメール・ルージュによる現代史でも屈指の虐殺があった時代を描いている。 シアヌーク政権下での秘密警察による共産党の抑圧やらポルポトによるクーデターとクメール・ルージュの粛清の嵐も出てきてぞっとする場面も多いんだけれど、奇妙な登場人物たちの行動などなぜか異様にゲラゲラ笑えてしまうところもある。

ポルポトは、最近読んだ「20世紀の独裁者列伝」のなかでも目立たない・腐敗しなかったという点で異彩を放っていた独裁者だけれど物語を通して改めて戦慄した。 dai.hateblo.jp

タイトルの「ゲームの王国」は腐敗の跋扈するカンボジアにて政治をゲームに例えていることから。ゲームに勝つにはゲームをつくる側にまわることと、この政治に翻弄されつつも挑戦していく人間を描いている。 ネタバレになるのであらすじは説明しにくいけれど上巻最後も下巻の始まりも驚いたし、後半の展開や仕掛けもおもしろい。日本SF大賞もとっているSFだけれど、SF的なギミックは控えめなのでSFに忌避感あっても取り組みやすいはず。間違いなく傑作。読んだ人としゃべりたい。輪ゴム・泥・鉄板・長江文明帰納法・牛あたりがツボでした。

いろいろちりばめられている寓話もよい。 たとえば冒頭のこれ。サロト・サルはのちのポルポトです。

闇の中からは、光がよく見える。チョムラウン・ビチア高校の歴史科教師サロト・サルは、子どものころからその諺を気に入っていた。暗闇から明るいものはよく見えるが、明るい場所から暗闇はほとんど何も見えない。この諺から「輝いているときこそ、足元の落とし穴に気をつけなければならない」という教訓を引きだした国語教師は残念ながら二流だった。正しい解釈は「足元の穴に落ちたくなければ、そもそも輝いてはいけない」ということだ。輝けばかならず闇から撃たれる。それが世の摂理だ。

セリフ回しのセンスもすごい。序盤で好きなシーン。

シヴァ・ソムの父は、この世のあらゆる人間は三種類にわけられると考えていた。農家、ベトナム人、女。この三つだ。そういうわけで、ソムが「警官になる」と報告をすると、父は「俺はベトナム人を育てた覚えはない」と怒った。父のオリジナル論理学によれば、警官は農家でも女でもないので、ベトナム人に該当するようだった。

ゲームの王国 上 (ハヤカワ文庫JA)

ゲームの王国 上 (ハヤカワ文庫JA)

ただ、やっぱり人は選ぶとは思う。村上龍「愛と幻想のファシズム」とか好きだとおもしろいと思う。まじない師がいた時代を扱っていて呪術的でもあるのですがこの点では高野秀行さんが翻訳したコンゴ文学「世界が生まれる朝に」と通ずるところあるかも。現実の大事件を背景とした人間を描く小説という点では、ノルマンディー上陸作戦下のミステリ深野緑分「戦場のコックたち」も連想しました。どれも傑作なのであわせてどうぞ。

*1:こういうセール、嬉しくてすぐ読まない本も買ってしまうけれど、一回セールがあると知ると通常に買うハードルがあがってつらい