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ハリウッド・ゴシップ(雪組2019)評:ピグマリオンの系譜から外れる傑作

宝塚ファンの妻と「ハリウッド・ゴシップ」(宝塚歌劇団雪組公演・2019)をタカラヅカ・オン・デマンドで観たので突然ですが評を書いてる。

f:id:daaaaaai:20211121100852j:plain 雪組公演 『ハリウッド・ゴシップ』 | 宝塚歌劇公式ホームページ

2019年に宝塚の雪組公演で梅田芸術劇場・KAAT神奈川芸術劇場などで上演された田渕大輔が脚本・演出をした作品。妻は梅田芸術劇場で観ていた作品。2年前の作品への評ということで旬を外してしまってはいるけれど、現在(2021年11月)、タカラヅカ・オン・デマンドでみることができる。

本作は2021年にシティーハンターでトップお披露目公演中の彩風咲奈が2番手だった時代に主演した作品で、パートナーも今回が初ヒロインの潤花。ただ、そのあと彩風と雪組でトップコンビを組むことはなく、宙組に組替えしてトップ娘役になっていることについてはファン(少なくとも妻とその友人)がいろいろと噂をしているようだ。 当時、雪組のトップスターで万人の認める大スターであった望海風斗が別の作品(はばたけ黄金の翼よ)に出演して不在のなか、次期トップスターへの試金石として主演を務めた彩風と、かれ*1が演じるスターを夢見てハリウッドでエキストラを続けるコンラッド、また、当時3番手の彩凪翔が演じる作中のスター俳優、ジェリーによって女優として見出されたウェイトレス、エステラを演じる潤花ともスターを目指す配役と境遇がすこし重なるところがあっておもしろい。

売れないエキストラを続ける主人公コンラッドが、スターであるジェリーに続く才能を発掘し主演にさせると話題になっていたトーキー映画のオーディションの面接を受けるシーンからストーリーが始まる。 しかし、ジェリーのスタント役として撮影現場にいたコンラッドは、遅れてやってきたジェリーからオーディションはただの話題作りで、やはりジェリーが主演するということを暴露されているのを聞いてしまう。怒りで映画会社にスタント役のマタドール服姿のまま乗り込むと、そこで、過去にジェリーと関係のあったものの踏み台にされた往年の大女優アマンダと出会い、見出されスターとして育てるとの申し出を受けて、スターにふさわしい立ち居振る舞いを身に着けていく。

ここまでであれば、バーナード・ショウの書いた「ピグマリオン」(1913)やオードリー・ヘプバーンが主演する「マイ・フェア・レディ」(1964)に連なる、地位のあるものから教育を受けて地位を獲得していくという物語と近いとも感じるが、そこで教育を授ける側と受ける側が恋愛関係になるという安易で上位関係本位な結末にはならず、もうちょっと複雑で余韻のある展開になった*2。 その違いはいくつかある。まず、ひとつめは男女が逆であること。これは同じ宝塚でも繰り返し上演されている、下町に住む主人公が領主の遺産相続人だったとわかり貴族として教育を受けることになる「ミー・アンド・マイガール」とも同じ。そして、ふたつめは教育によって、スターとしての道を歩む中で主人公が増長して闇に飲まれていくこと。はじめはアマンダによる教育を受けてスターの品格を身に着けたコンラッドが傲慢なジェリーを下して映画を成功させて恋もかなえるサクセスストーリーなのかな、と思って気楽にみていたけれど、コンラッドはジェリーのような傲慢なふるまいをしてジェリーを追い詰めていき悲劇が起きる。3つ目の違いは最後、再び持たざるものとなってしまうこと。そして、コンラッドエステラがまた自分の人生を生きていくながれは、本名をもつ2人と、映画の虚構の世界で芸名のみでスターとして生きるジェリーとアマンダが対比される。

この終わり方の、恋がはじまりも終わりもしない中にもあるすがすがしさは、おそらく初見の観客の多くが期待するであろう劇中劇の映画の成功と恋の成就がなかった分の、ある種の肩透かしがあってこそ感じられるものだろう。

ただ、勢いで脚本をつくることとなったアマンダが選んだオスカー・ワイルドの作品「サロメ」は物語の演出としても強烈な狂気を印象付けたが、これがどういうメタファーなのかはわかりにくかった。おそらく、エステラ演じるサロメコンラッド演じる預言者カナーンを求めるも拒否され、最後、死によって結ばれるという構造に対して、アマンダが恋に囚われつづけて壊してしまうジェリーというのを暗示しているのかもしれないけれど、もう少し印象付けてもよいかもしれない。

ただ、劇中劇であるサロメとジェリーのダンスはこれまで自分が流し見してきた*3宝塚のなかでも屈指の色気と恐ろしさがあり、またコンラッドのヨカナーンの衣装も古風ながら鮮烈でかっこよい。また、アマンダの執事ピーウィー(真地 佑果)や、エステラの勤めるダイナーの女主人(早花 まこ)など一気にコメディになって笑えるポイントが仕込まれているのもテンポがよいし、面接や報道という場面転換の使い方もわかりやすい作品だった。

振り返り

期待と裏切られる楽しさを感じるよい演目で、気付いたことを書いてみたいと思って文章にしてみました。批評というと偉そうに聞こえるかもしれませんが、気になるところあればまたコメントしてください。 いきなり批評めいたことを書いたのは、たまたま手に取った「批評の教室」(2021, 北村 紗衣)を読んだから。本でも映画でも批評しようという視点でみるとより解像度が高くなったり、楽しめたりしそうな気がしているのでまた気が向いたらなにか書いてみます。

*1:もちろん、宝塚なので女性なのだけれど、彼女、とは書けない。

*2:ピグマリオンについてはこの記事がおもしろい解釈、誤解、魔改造~さまざまな作品に影響を与えてきた『ピグマリオン』の変身 - wezzy|ウェジー

*3:うちのテレビはほぼ、妻の宝塚鑑賞専用機なのでそれをリビングでちらっと見ている