ぜぜ日記

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「トウガラシの世界史」で読む作物と文化の共進化

トウガラシという作物の来歴と、これがどう広がって各地の文化に影響しているかをトウガラシ大好きな研究者が書いた本。著者の山本紀夫さんは、1943年生まれで京都大学農学部農林生物学科卒、京大探検部出身でアンデス栽培植物調査隊(なんだそれ・・・)の一員として現地で採取したトウガラシを900系統ほど栽培してこれをテーマに博士論文を書いた後、民族学に転向して研究を重ね国立民族学博物館教授にもなっている。

トウガラシは中南米原産だけれど、各地に広まって、インドのカレー、中国の四川料理、韓国のキムチなどと各文化の代表的料理の地位に収まっているのはすごいと思う。ほか日本ではなじみが薄いけれどポーランドはトウガラシからパプリカを生み出して国民料理とし、エチオピアなどアフリカやブータンチベットでもかなり重要な食材らしい。日本でも万願寺とうがらしは近年かなり広まっている。 その、新大陸の新しい作物の受容の過程を文献や現地訪問などで追いかけていて、農学×文化史というアプローチが興味深い。

トウモロコシなどの穀物やジャガイモといった、主要な食糧の広がりもおもしろいんだけれど、トウガラシという、ある種の嗜好品が食料としての重要度がすこし小さいものでも各地の文化に影響をもたらしているのはおもしろい。これに匹敵するのはタバコくらいなんじゃないだろうか。 じつは日本で昭和38年をピークにトウガラシは何千haも栽培されてアメリカ、韓国、スリランカにも輸出されていたのは知らなかった。それが、機械化しにくいのと通貨高によって輸入国に転じたというのは興味深い。小麦以外でグローバル化の波によって国内生産が大きく縮小した作物はあまり知らなかった。

いくつか気になったところメモ

  • トウガラシ、栽培品種もたくさんあるなかで野生種も育てられていて珍しい。
  • トウガラシの故郷は中南米であり、十五世紀の末にコロンブスによってカリブ海西インド諸島から初めてヨーロッパに持ち帰られ、ヨーロッパからアフリカやアジアなど世界各地にもたらされた作物
  • トウガラシの日本への伝来については、ポルトガル人が1542年、あるいは1552年に伝えたとされる説がもっとも古く、中国よりも早い
  • アメリカ大陸における最初の植物栽培に関する考古学的な証拠は、ペルーの中部山岳地帯で紀元前八〇〇〇〜七五〇〇年にまでさかのぼる(東南アジアでのタロイモ栽培に匹敵する最古の農業レベルの古さだ!)
  • 鳥に食べられたトウガラシは発芽率がきわめて高くなる。トウガラシの実が辛いのは動物のなかで鳥だけに選択的に食べてもらい、種子が広範囲に自然散布できるように助けてもらっているからではないか?という説もある
  • 人間の味覚は辛みを感じることはできず、痛覚を刺激している。トウガラシを食べると人間の体は、痛みの元となる物質を早く消化し無毒化しようとして胃腸を活発化させるとのこと。また、トウガラシは胃腸を活性化するだけではなく、カプサイシンによって体に異常をきたしたと感じた脳はエンドルフィンまで分泌するらしい。エンドルフィンは、モルヒネと同じような鎮痛作用があり、疲労や痛みを和らげる役割を果たす。そのため、結果的に、わたしたち人間は陶酔感を覚え、快感を感じることになるらしい・・・。こわいし高ストレス下の人間が蒙古タンメン中本など辛い料理にハマる理由もわかる・・・

いろんな料理がのっていておもしろかったのだけれど、特に気になったほんの一部だけメモ

  • ハンガリーの諺「名声を欲する人もいれば、富を望む人もいる。しかし、グヤーシュはすべての人が切望する」
  • 1990年に、「ハンガリーのシンボル料理は何か」というアンケート調査がおこなわれた。それによれば一位はパプリカを使ったグヤーシュであった

  • エチオピアのコーヒーの葉のお茶

    • エチオピアの西南部では古くからコーヒーの豆ではなく、その青葉を煎じて飲む習慣がある。
    • 長くエチオピア南部州で人類学の調査をしてきた重田眞義氏によれば、家庭でふつうに出てくる飲み物は、この葉のコーヒーでこれにはトウガラシが欠かせない。  
    • つくりかた

朝取りのコーヒー青葉は、小さな臼と杵で突き潰す。広口の土器の壺に沸かした湯のなかで煮立てると、そこにショウガ、ニンニク、ミント、レモングラス、塩、そしてトウガラシ──多くは小さなミトゥミタが使われる──を加えていく。数分待ってから、乾燥したヤムの 蔓 を丸めて土器の口に詰め、ゆっくりと 漉しながら、熱い緑の液体を小さな陶器のカップに注ぐ これも重田氏の報告によれば、複雑で、ときには辛く、ときには青臭く感じることもあるが、香辛料がバランスよく配合されたときの味は格別だという

  • ちなみに東アフリカの共通語であるスワヒリ語では、トウガラシは《ピリピリ》と呼ぶとのこと

  • ブータン人女性が書いた『トウガラシとチーズ』という本のなかにも、ブータン人とトウガラシの密接な関係を述べた記述が見られる。すなわち、「病人食と乳児食を除けば、(ブータンの)料理でトウガラシを使わないものはない」

  • 日本や朝鮮半島にくらべて、中国におけるトウガラシ利用の歴史は比較的新しく中国の料理書にトウガラシが登場するのは、19世紀になってからとのこと。いっぽうでチベットではよく食べられていて、5つほどレシピが紹介されていておもしろかった。

  • ある人が「赤蜻蛉 羽もぎれば 蕃椒(とうがらし)」という句をつくったところ江戸時代の俳人加賀の千代女(一七〇三―七五)は、「俳諧はものを憐れむを本とす」として、手を入れて「蕃椒(とうがらし) 羽はやせば 赤蜻蛉 」と修正したというエピソードがおもしろかった。

  • (千代女は有名な「朝顔に 釣瓶 とられてもらひ水」の句によって知られている俳人

というわけでカレーや辛い料理に関心がある人が読んでみるとおもしろいと思う。