ぜぜ日記

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「物語 アイルランドの歴史」(波多野裕造)を読んだ

従妹がアイルランド人と付き合いだしたものの、祖母が英語もアイルランドのこともわからないと言っていたので手に取ったんだけれどかなりおもしろかった。

アイルランド大使の波多野裕造が日本ではアイルランドについて学べる手軽な本がないとのことで1994年に書いた本で、歴史や事件や文化について新書にまとまっている。 たしかに、高校世界史でもアイルランドはじゃがいも飢饉で触れられる程度であまり世界史での存在感はない。不勉強な自分にとっては、アイルランド系の移民で活躍している俳優や実業家がいるなあ、とか、かつては IRA のテロがさかんなことが名作マスターキートンでたびたび触れられていたなあ、とか、北アイルランドはイギリス領なことはちょっと不思議、とか思っていた程度だったけれど当然、固有の深い歴史がある。

豊かな自然があって妖精の伝承もあって、ドルイド教が残るなかでクーハラン(クー・フーリンと書いたほうが現代日本で伝わる?)のような英雄伝説があったり、群雄割拠で争いもたびたびあった。さらには「ストロングボウ(強弓)」と呼ばれた優男然とした伯爵でもある司令官や、「殺戮者」というあだ名で知られた伯爵がいたりとかで三浦建太郎の「ベルセルク」の世界を連想してしまった(ちなみにアイルランド独立の立役者にはグリフィスもいる)。

アイルランドはよく妖精の国といわれる。それは森と緑に恵まれ、すぐに霧がかかったり、通り雨のあと木立ちの間に射す陽光から虹が立つ、というこの国の変わりやすく美しい自然環境が、いかにも妖精が棲んでいそうな雰囲気を醸し出しているからで、事実こんもりと茂った古木の薄暗い影には、いつも何かが潜んでいるような気配がある。アイルランドでは晴れたり、曇ったり、雨になったり、という気象の変化が目まぐるしく起こり、一日のうちに春夏秋冬をすべて経験することができる、といわれているほどである。

といった書き出しからはじまるコラムもいくつかあったり、写真もいくつか紹介されているのもうれしい。

アイルランドは、ヴァイキングの侵入や、イギリスからの支配など、わりと苦難の歴史がある。隣の大国イギリスから12世紀以降支配されて、たびたび争いもあったんだけれど、ここでの植民地支配のための試行錯誤が後世の、イギリスの植民地支配の間接統治などに代表される巧妙につながったのかもしれないと思えた。これは歴史に物語を読み込みすぎかもしれないし、植民地支配の比較史みたいな研究もたぶんあるだろうけれど。

もうひとつ興味をそそられたのは独立の過程。とくに、続いていた自治論者による独立運動が下火になって、イギリスとの連合に前向きだった世論のなかで、独立運動側がしかけた武装蜂起がずさんだったためにすぐに鎮圧されて首謀者が処刑されたことが市民の同情心を高めてかえって独立に大きく動いてしまったことには歴史の皮肉を感じずにはいられない。そのあとは独立戦争があってなんとか独立した。けれど、プロテスタントが主流派でイギリスとの連合を求める北アイルランドユニオニストや、全国統一を目指すカトリックが多数派のナショナリストとの争いは IRAテロリズムにもつながっていくんだけれど・・・。

ほか、クロムウェルによるアイルランド迫害がアイルランド独立運動の原動力にもなったというのも興味深い。

あとは、アイルランドの農業史。イギリスの支配効率化のために入植地にしめるプロテスタントの割合を定めたことも気になった。これは、1603年に王位をついだジェームズ一世によって、1000エーカー(400ha)あたりプロテスタント家族10世帯の入植を義務付けたこと。ちょっと数字は怪しいと思うけれどイスラエルキブツや、日本の満州や北海道入植も思わせる。

飢饉の後、小作人たちが組合を形成して大きな政治力を発揮して地主に対抗したことあたりも興味深い。マイケル・ダヴィットにひきいられた土地連盟は、地主との小作料・小作権の争いをバックアップして、1880年ごろには事実上の「第2の政府」となって、裁判の実権を握ったそうだ。ちなみにここで連盟と争った仮借なき土地差配人として知られた(原文ママ)、チャールズ・ボイコット大尉の名は、かれに対抗した農民の不買運動の代名詞になっている。

土地連盟の政治闘争で、小作料が引き下げられて、地主にこれなら売り渡したほうがましだ、となって自作農が増えたというのもマッカーサーの農地改革のような強権的ではない、農地の移譲プロセスとしておもしろい。

ちなみに悲惨なジャガイモ飢饉の農業的背景については、「世界からバナナがなくなるまえに」がおもしろかった。タイトルではバナナだけかと思ったけれど、さまざまな食糧危機の現場と農学者にフォーカスした良書です。

ここでもちらっとふれていた。 www.on-the-slope.com

というわけでアイルランド、行ってみたくなりました。昨今、味が変わったと話題のギネスにも行ってみたいですね。