米が高くて自分も困っているんですが、しょうもない陰謀論を真に受けているひとを見かけたのと、意外と教科書的な説明が見当たらなかったのでいち農業経済学ファンとして書いてみます。農業経済自信ニキ*1がいらっしゃればバシバシご指摘ください!
結論
- 穀物は需要の価格弾力性が小さいが、生産に時間がかかるから
もうちょっと詳しく
岩波書店の農業経済学 第5版(2020, 荏開津典生, 鈴木宣弘)をもとに説明してみます*2。
商品の価格は、需要と供給によって市場メカニズムで決まる、とミクロ経済学の理論で示されています。乱暴に言うと、欲しがる人が多ければ価格は上がるし、それで供給が増えると価格は下がる。
そして、この上がり方や下がり方はどの商品でも同じわけではなく需要の価格弾力性によって変わる。例えば iPhone の値段が倍になったところ半分しか売れなくなったとしたら、需要の価格弾力性は -0.5 (需要の変化率 / 価格の変化率 = - 50% / 100% という計算)。でも米はそうはいかない。価格があがっても、家庭はともかく、給食やメニューの定まっている飲食店など業務用ではなかなか変わりません。つまり需要の価格弾力性が小さい商品です。ちなみに仕入れ値や原価が上がっても価格反映が遅いという事象については、メニューの貼り換えコストなどもあって価格変更は遅れる、と渡辺努の「物価とは何か」に指摘されています。
そういうわけで需要は変動しにくい。いっぽうで食料の生産は時間がかかるうえに、いわゆる作況変動という、天候による変化がある。
これによって、需要曲線はこんなふうになります。

価格軸は、ある数量の商品を市場で販売するとしてその数量をすべて売り切ることのできる最高の価格、数量軸というのは、ある価格で商品を販売するときに市場で売ることのできる最大量のこと。
ふつうの、ミクロ経済学の教科書でみるような需要曲線は左側。安いとたくさん売れるし、高いとあまり売れない。
しかし食料(とくに穀物)は右のようになる。これは価格があがっても需要量が大きくは減らないという必需性と、価格が下がっても需要がそうは増えないという飽和性という特徴があるからといわれています(前掲書)。
前掲の農業経済学の教科書では、2005年の世界銀行のデータをもとに価格弾力性を推計しており、日本での穀物の価格弾力性は -0.06 となったそう。ちなみにインドは -0.39, アメリカはなんと 0 でした。
ちなみに、今回ように必需品である食料の価格が暴騰するとこれはこれでたいへん困るのですが、逆方向の、豊作で価格が下がるのも問題です。安くなって消費者は嬉しいものの、生産者が大きく赤字になる豊作貧乏という問題が発生するためです。需要の価格弾力性が-0.06だとして生産が12%増えると、価格は半分になる(価格変化率 = 生産量変化率 / 需要の価格弾力性)。そうすると、豊作だけど販売収入は大きく減ってしまいます。これは極端な例ですが、生産量12%増ですら極端な結果を招くというセンシティブさがあることがわかります。
実際に過去の価格変動をみると、波はありつつ価格下落傾向のなかでも2014年には前年比で2割以上安くなったりもした。

(ちなみに、今回暴騰しているものの取引価格としては平成4年時点とそう変わらないこともわかりますね)
さて、価格高騰に対して話を戻します。供給側も生産を増やそうとするけれど、日本のほとんどの場所では米は1年に1回しか収穫できない*3のですぐには増えません。
どういう対策がある?
教科書的には、価格が上がったことで参入者や作付け面積も増えて供給も増えていく・・・となります。そして、これで価格が下がりすぎるとまた生産調整がされて作況による変動もありつつも価格が落ち着いていく、はず(くもの巣モデルというやつ)。ただ、それでは調整は翌シーズンまで持ち越されることになってしまいます。
政府の対応としては、市場価格があがってきたなら手持ちの在庫米を放出する手段があり、いままさに政府がやらんとしていることです(逆に、価格が暴落しているときは政府が備蓄用に買い入れて過剰在庫を解消するというものが対になっています)。
2025/2/19のNHKの記事によると21万t放出するとのこと。これは2024年度収穫の3%程度。
ただし、どちらの介入もわれわれの税金がもとでもあるし、市場メカニズムをゆがめる副作用もあるので判断が慎重になるのもわからなくはありません。
現実問題として
ここまでは教科書的な説明で、供給量のちいさな変化で価格が大きくあがりうるというのは理解していただけたとは思います。けれども、多様な参加者がいる市場の動きを読むことはむずかしい。
2024年収穫分の新米がでてきたら価格は落ち着くかと思われていたものの、収穫量の指標を表す作況*4は平年並みにもかかわらず(品質はさておき)、店頭価格は去年から87%増えている。先のNHKの記事によると収穫量自体は去年から18万t増えたそうだけれど、主な集荷業者が集めることができたのは21万t減ったそうでもある。
単一の市場があるわけではなく、スーパーの店頭価格が決まるまでには、在庫を抱えることのできる各JA、生産者団体や米問屋、商社が価格をつけたり出荷を調整しているし、投機の動きもあるかもしれない。複雑な市場の事象でとても見通せません(いっぽう、結果としては上がるか下がるかこのままかの3択なので、結果的に予想が当たることになる人々は多いとは思いますが)。
参考までに、給食業界のベテランで著名はてなブロガーのフミコフミオさんはこう書いていらっしゃる。
食品業界の中の人だけど備蓄米の放出でお米の状況はこうなりそうだよ。 - Everything you've ever Dreamed
雑感
米価はまじでむずかしい。需要も年々減っているし、農地集約や農機の性能向上などさまざまな生産性改善はあるとはいえ、資材も人件費も高くなっていてこれまでが安すぎたという側面は間違いなくあります。 その分、価格が上がったことを歓迎している生産者さんも多いけれど、今回は急騰しすぎてしまっていて米の長期的な需要に強い影響がでてきかねないほど。参入者が増えうることを考えると今後の動きも心配です。
兼業農家が小規模にやっていることで生産過剰なまま集約が進まないから効率的ではないという批判もあるけれど、いわゆる農業の多面的機能があり、コミュニティ、文化、国土の維持には意味があるし突飛なことなやらないほうがよいのではないか・・・とも思われます。理想的な状態ではないけれど、理想的な状態をだれも描けていません。
とりあえず、おいしいごはんを安定して食べ続けていきたいのである程度の価格で落ち着いてほしいところです。
参考) 米データは農水省がたくさん出しています。 米の消費及び生産の近年の動向について 令和6年8月 農林水産省 農産局 https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/syokuryo/240827/attach/pdf/240827-3.pdf
米作については古いけれどこの本がよかった

