大津宿日記

@daaaaaai の日記です

「ヒルビリー・エレジー(J・D・ヴァンス)」は日本の未来だろうか?

2016年に出版されベストセラーになり、著者のJ・D・ヴァンスがトランプ政権の副大統領として存在感を発揮しだしたことからふたたび注目をあつめている自伝。著者はアメリカのラストベルト(錆びた地帯)の一角でもあるオハイオ州のミドルタウンの荒れた地域にて、薬物に依存し、何度も離婚を繰り返している母のもと育ち未来を見失って不安定な幼少期を送っていた。その不幸な境遇を祖父祖母の助けと海兵隊での訓練によって切り開いたというアメリカンドリーム的サクセスストーリーとしての側面もあるけれど、アメリカの貧困層のどうしようもなさを描いている。

まわりに大学にいった人間はいなく、勤勉に働かない文化、家庭内暴力やドラッグも蔓延している。 政府は福祉や機会の提供など、これ以上なにができるかは簡単にはいえないほどに取り組んでいるものの、問題を解決できていない。世論調査の結果でも白人労働者階層はもっとも悲観的だという。ダイバーシティ政策により"差別されている"と被害者意識をもってしまっている。

これは、本書で引用される社会学者のキャロル・A・マークストロム、シーラ・K・マーシャル、ロビン・J・トライオンらの論文による「明らかに予測可能な抵抗性」、いいかえると厳しい逆境に対応するために現状を直視しないような性向があるのでは、と著者は述べている。そして虐待の連鎖や悲惨な境遇が広がる。

余裕がないことから貯蓄や勤勉さも失われるというのは「いつも「時間がない」あなたに」でも描かれていたことだけれど、その現場だと感じた。

鉄鋼企業アームコ*1企業城下町としてできた町が、東アジア勢との競争により衰退しているという側面もあり、これは日本の地方とも感じるところはあるけれど、ここまで社会規範が失われる状況にはなっていない。

違いとしてはいろいろあって、原因を特定することはできないけれど、移民でできた地域であることと不動産マーケットと風習の違いが移住を困難にしているというのは感じた。 持ち家文化が強い地域で、ローンで持ち家を買った後は、その不動産の価格が下がっているとローンのために、仕事のある地域に引っ越せないために、貧しい側だけが残ってしまう。通貨高が続くとそこで雇用が生まれる機会はないままとなる。日本では、中山間地が多いことから比較的住居が集中していること、兼業含めて小規模な農業者が多いことからインフラ・コミュニティが維持されていることも違いかもしれないとは想像する。アメリカでは農業事業者が巨大化し、ひとつの地域での就労者が減りすぎて教育などインフラが追いつかないようになっているとか。

いっぽうでアイルランド北東部からの移民(スコッツ=アイリッシュ)であることからの年に何度も祖父の兄弟一族とも集まる家族主義もあり、ここがアイデンティティになっているというのも感じるし、地域によっては教会がコミュニティとして大きな役割をはたしてもいる。進化論を否定したりもしている問題もあるけれど。日本でも核家族が増え個人主義も一般化しているし、教会に相当するコミュニティはあまりないけれど、問題にもなるかもしれない(新宗教系ではがんばっているところもあるっぽいが・・)。

(ここで中島みゆきの「旅人のうた」を連想 https://www.uta-net.com/song/8390/

本書のそこかしこには疎外感が排外主義・社会への不信を招き、エリートや政治はわれわれと関係ないとなってくると政治と社会はますます不安定になってくる様子が描かれている。カウンターエリート的な現象の土壌ともいえる。どう解決するべきかは自明ではないけれど、都市部エリートの地方への解像度の低さが大きな問題かも、とも著者の体験と合わせて感じる。また、福祉が社会の安定化のためにも重要であるのは間違いないけれど、いっぽうで勤労意欲を失わせる場面もありえる、これは日本での生活保護バッシングとも重なる。どうあるべきなのかはわからない。

ほか、ののしり言葉もおもしろい。祖母による「 土地利用制限法 なんてくそくらえ。私のルビー色のけつの穴でもなめやがれ!」、実父が祖母を指して「あのイカれたばあさんから離れないほうがいい。あの人がおまえによくしてくれるのはわかってる」 とか近所の悪ガキ「おまえのおふくろ、デブすぎてケツに郵便番号が割り当てられてんだってな」とか。

*1:その後川崎製鉄と合併しAKスチールになる