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ミス・サイゴン感想 戦争による別離の悲劇を描くトリッキーな名作

ミュージカル「ミス・サイゴン」を観てきた。
妻が観劇仲間と行く予定だったのが彼女らの都合が悪くなったことでお鉢が回ってきたのがきっかけ。 日本では1992年に帝国劇場でやったそうで、妻は、幼少期にテレビで紹介されているのを観てから気になっていたらしい。 自分は作品については史実以外にほぼ予備知識なしで観てきたので感想を書いてみる。

1989年にウエストエンドで初上演されて以降、世界中で演じられていることからもわかるとおりすごい作品なのは間違いない。音楽も歌も演技もダンスも大道具も小道具もレべが高い。日本でも1000回以上は上演されているので観た人も多いかもしれない。

けれど、物語にはいくつか釈然としないところがある。これは自分が観劇の方法をわかっていないからかもしれない。もうちょっとあらすじを知ってから観ると各動作の意味や文脈を理解できてより楽しめるような気もする。

まず、ネタバレにならない点について紹介してから、間をあけて物語について書いてみる。

小道具や大道具はほんとすごい。妻につきあって劇場にもいったししばしばDVDや配信で横から眺める宝塚大劇場作品の5倍くらい手間とお金がかかっていそう。これはツアーで公演されることを見越して投資されている分もあるし、宝塚の数か月のみの上演とは違うから仕方ない。

そして、それらの大道具も小道具も暗さと照明をかなり効果的に利用している。 光に照らされないところを残した薄暗さは谷崎潤一郎の陰翳礼讃を連想した*1。 特に、ナイトクラブの喧騒と夜の街角の静けさの対比、色街の猥雑さはみごと。

また、宝塚とかでは使っていないものとして、花火や蝋燭、タバコ(のようなもの)がある。これほんとにツアーで各会場でやっているのだろうか・・・どう安全対策しているかは気になる。蝋燭はあんな小さな火なのにゆらゆら揺れる炎の儚さと緊張感が印象的。

大道具としては、巨大ホー・チ・ミンやメカ自由の女神はちょっと謎でしたが・・・。ホー・チ・ミン、本人は個人主義にならないように配慮していたけれど死後、都市名に冠されたりシンボル的には扱われてきたのかも。

役者さんについてはあまりわからないけれど、みなすごい。クリスもエレンもアメリカ人にしかみえなかった。エンジニアは役自体の怪しさを十二分に発揮していたように思う。ほかの兵士やナイトクラブの従業員も迫真。 あとあと、2歳児役の4歳児(パンフによると4人もキャストがいる!)が重要な役割をしていたのですがめちゃめちゃしっかりしていてすごかった。カーテンコールでの登場時もすごい。こんな下着姿の女性が踊りまくって売春もするナイトクラブが舞台の作品で練習しているのすごいと思う。現代でやると物言いがつきそう。

以下、物語についてネタバレありの感想です。









本作はベトナム戦争末期のサイゴン南ベトナム首都、現ホーチミン市)を舞台に、米兵と戦争で両親を失くした女性との出会いと、戦争に振り回される人たちを描いている。

主要な人物は米兵であるクリスと、生きるために娼婦になった戦災孤児のキム、そして野心のある女衒のエンジニア(これが人名というのが最初わからなくて混乱した)、さらにベトコンのトゥイと立場がさまざま。ベトナム人側の関係も複雑だし、戦火にあえぐベトナム人と先進国の住人の関係が物語を動かしている。

先進国であるアメリカ人は子は母親と一緒にいることが幸せと思うけれど、戦後の混乱にあえぐベトナム人からは、子どもだけでも世界一豊かなアメリカで暮らしてほしいという親心があることのギャップが本作の核だと思う。エンジニアの渡米の野心もこのため。

ただ、やっぱり、そのためにも最初のクリスとキムが恋に落ちるという背景をうまく描いてほしかった。 冒頭、キムが街角で一人待っていたところ銃撃?があって、女衒(エンジニア)に半ば強引に引っ張られて売春もするクラブで働かせられることになったけれど、この経緯や不本意さがあまりわからず、流されて売春するようになったようにみえた(ここらへんのセリフが聞こえにくかったのもあるかも)。 単純にみると、米兵仲間にのせられて買春することになったクリスと、その客に売春宿で恋してしまう娼婦というのはちょっと都合が良すぎるように感じてしまう。まあ、時代もあったし、お互いに純粋というか「ウブ」だったというのもあるだろうけれど。だからこそ、キムと婚約していてアメリカに連れて行こうとしていたにもかかわらず、のちにエレンと結婚していることも流せる。

また、ちょっと時代がわかりにくかったのもある。第一幕をみているときは、きっとアメリカ軍が血みどろのジャングル・クルーズ*2をしていたころに休暇でサイゴンにいてクラブに遊びにつれられてきたのだろう、だからクリスが簡単に恋に落ちた背景には過酷な戦場でのトラウマもあったのかも・・・仕方ない、と解釈しそうになったけれど、あとでパンフをみると1973年にアメリカ軍が撤退した後の1975年が舞台ではあるし、若い兵士という描かれ方をしていたのでちょっと違いそう。
(もしかしたら歌詞やセリフで表現があったかもだけれど聞き取れていないかもはしれない。第1-第2幕あたりはわりと聞き取りにくかった)

とはいえ、ここらへんは設定と解釈の話なので仕方ない。

ただ、サイゴン陥落とそれによるクリスとキムの別離を、回想シーンとして後半にもってくるという時系列の入れ替えはどういう効果があったのだろう。サイゴン陥落での別離をヘリの迫力ある演出とあわせて後半にもってきたほうが別離の悲しさを強調できると思ったのだろうか。観ていると、いつのまにかクリスがいないとなったり、いつのまにかキムに子どもがいた!と感じてしまった。もしかすると、この入れ替えがあることで、クリスがキムのことをおいて結婚したことを自然に受け入れやすくはなったかもしれないけれどトリッキー。この物語上の悲劇の種である、キムをおいてエレンと結婚してしまったことを、観る人の倫理観を刺激しないように導入するために入れ替えたのだとしたらさすがだとは思う。

サイゴン陥落の際に引き離されたキムとクリス。2年後に手紙からキムに子どもがいると知った同僚のジョンと、クリス・エレンの夫婦はキムがいるというタイに向かって、行き違いでエレンと先に会って結婚を知るキムの絶望を思うとつらい。そして、子だけでもアメリカに連れて帰ってほしいという願いは、子は母親といるのが幸せという考えで断られ、それでも子をアメリカにという思いでキムは命を絶つ。
どうしていたらキムも生き延びることができて、クリスもエレンも前向きでいられただろう・・・。戦争による別離の悲劇でもあるし、先進国の感覚と戦火に焼けた地の人の強い気持ちの差を感じてしまった。

ちなみに、米兵でベトナム人と結婚して渡米した戦争花嫁は Wikipedia によると8040人いるらしい。おそらく、現地に妻子を残してきた米兵はもっといるだろう・・・。
参考: 戦争花嫁 - Wikipedia

そういう悲劇を軸としつつも、エンジニアの野心ががいい味を出していてただ悲劇だけにおわらなかった。
このエンジニアというのは重要な役なんだけれど、初出ではキムをナイトクラブで強引に働かせる女衒だし、名前がいつ初出かわかりにくかったし、女衒であることもあって(現代人的感覚から)すげー悪いやつという見え方に囚われてしまっていた。そのため、キャスト一覧ではクリスやキムよりも最上位に位置されていてびっくりしたし、これによって、ただキムとクリスの別離と再開という悲劇的なロマンスという単純な話でなくなったのはあるのだけれど、これも描き方がトリッキーなように感じてしまう。「主人公」的な役割ではないし悪役的なのに、主役的にスポットライトがあてられてしまっているというか。

こういう、時系列の入れ替えがトリッキーだったり、役者へのスポットライトの当て方が妙だったり、シナリオの教科書的には避けるべきとされそうな点があるんだけれど、演劇として観客に混乱と衝撃を与え、最後の悲劇に向けての緩急をつくるのに効果的なのかもしれない。

本作を観てから調べなおすと、やっぱりベトナム戦争アメリカが参入したのは、防共という目的があったにせよ、他国の防衛で58,000人の米兵の死者を出すのはほんと愚かな失敗だった。これは「ベスト・アンド・ブライテスト」が書いていたように、もっとも聡明な人々のしでかしたというのが暗澹たる気持ちになる。*3

そしてこれは過去の話ではない。今年の2月から始まったロシアによるウクライナ侵略も、序列をつけがたく国家の愚かな行為(独裁者の野心はあるけれど、それを支えた組織的傲慢さは共通)。ソ連崩壊までは同じ国だったウクライナとロシアの間での戦争ということもあり、ここでも悲しい別離がたくさんあるだろうしそう考えると本作をどう受け止めるべきか、悩ましくは思う。

とはいえ本作は名作なのは間違いない。 観劇後、近所のベトナム料理屋に妻とのりこんで飲み食いして振り返ることができたのもよかったです。 ほかにもパンフレットを広げているテーブルが複数あってよかった。ブンチャーを食べ損ねたのでまた行きたい。

サイゴンビール

ちなみに、こういう演劇の感想を書いたのは、北村紗衣先生の「批評の教室」を読んだことがきっかけ。 本記事は批評にはなりきれていなく、「感想」と書いているけれど、批評という観点で作品をみたり、どう感想を書こうか考えてみるとなかなかおもしろかった。

saebou.hatenablog.com

その他

  • 米軍撤退後、サイゴンまでたどり着けるだろう距離にあったキムの村が焼かれたということは、その実行者は北ベトナム側、つまりベトコンだと思うのだけれど、もし本当にそういうことがあったなら、親の決めた婚約者でのちにベトコンとしてサイゴン陥落が近いと語ったトゥイを拒絶していたのもわかる。
    • けれど、そこから2年でベトコンの将校として出世していたのすごい(そんなことあったのか?)
    • そもそもトゥイという名前、作中にでてきたっけ(聞き漏れただけかもしれない)
  • パンフレットがめちゃめちゃ豪華。80ページあってさまざまなインタビューもあって読ませる。歌詞は全部載っていなくて残念(仕方ない)
  • 8-9割くらいの観客は女性だった。

ミスサイゴン パンフレット

余談

ほんとどうでもいいけれど、1997年に発売されて、自分も小学生のころにやりこんでいたファイナルファンタジータクティクスというゲームがあって、そのストーリーと関係のないやりこみ要素のディープダンジョンを思い出しました。この全10階層あるディープダンジョンでは、階層ごとに名前がついていて、 terminateとかvalkyries, bridge, horror, end など思わせぶりな名前があるんですが、そのなかに nogias 、 mlapan という聞きなれない言葉を2つあったのです。当時、なんだこれ、辞書にもないし、とずっと思っていたけれど、あとになって調べると、これは Saigon と napalm (ナパーム)を逆から書いたものとあって意図はわからないけれど印象に残っていました。これらは地獄の黙示録(1979)をモチーフにしているという説もありますが、それだけベトナム戦争がさまざまな創作に影響を及ぼしているのは複雑な思いがある。

ゴールデンカムイ展に行ってきた

今年、大団円的に完結したマンガ、ゴールデンカムイの展が京都文化博物館で開催されていたのを見物してきた。 goldenkamuy-ex.com

この和風闇鍋ウエスタンと表現されて、ファンも多かった傑作冒険活劇は、最終章前と最終回直前に、それぞれヤンジャン公式アプリで無料で読める期間があって、そこでドハマりした妻に引っ張り出された形。

妻の観劇オタク友人2人ものめり込んでいて、妻はそのグループでも前の週にこの展を鑑賞していたけれど、特定の時間帯に登場人物のお面を配られるというイベントが2種類あり、そのお面をコンプリートすることが目的だったよう。 妻によると、前回は宝塚並みに女性率が高かったそう。

図録とお面三種。北海道限定のゴールデンカムイサッポロビールは妻の友人からのお土産
図録とお面三種。北海道限定のゴールデンカムイサッポロビールは妻の友人からのお土産

感想

デジタル作画なので、原画、とはいわないかもしれないけれど大きなイラストが多数展示されていて作者コメントもちらほらあって大変良かった。 また、作中で使われていた小道具の実物が複数展示されていたのも良い。 主人公の30年式小銃は、作画資料とするために資料をそろえて60万円かけて専門家につくってもらったとのことだし、ウィンチェスターライフルM1892はも、作者蔵とのことですごい(実銃については使えなく加工しているとの注釈もあります)。 ほか、マキリをはじめ染め物やまな板までアイヌ民芸のものも多数あって良かった。 思っていたよりも色が鮮やかだとわかる。

ただ、マキリは、その鞘の紋様は見事で、持ち手とだからこその美しさはあるけれど刃も見てみたかった(文化的な制約があるのかも走れない)。

各展示についてみて回りながら妻とここのシーンのあれ良かったよね、とか振り返ることができたのは楽しかった。 (前週に友人たちとみた妻も同じように鑑賞中にも盛り上がったとのことで、そのあと飲みに行っても話が尽きず午前様になっていた)

野田サトル先生、おつかれさまでした&ありがとうございました。 いろいろ議論もあるようだけれどウポポイもいってみたい。

マンガ自体についての評もこんど書こう。

マンガの展について

妻と著者

お面がもらえる日ということもあって繁盛していました。 お面、たぶん土日の混雑緩和のために平日夜に指定しているんだろうけれどコンプ欲を煽る工夫もありそう。

物販も多様なグッズもあって、レジもたくさんあって盛り上がっていてすごい。みんな高価なグッズをバシバシ買っていました。 しょうもないものも多かったけれど、刺青人皮柄のビッグシルエットなTシャツとかかっこよかった(刺青人皮柄の手ぬぐいとかあったら買っていたかも)。

アプリの流行で、キャンペーンもできるようになっているけれど、こういう完結時にイベントをするというのすごい。熱狂的なファンがいるから興行として成り立つという思惑があったんだろうけれど、他のマンガでもできると、大団円をみんなで迎えた感があってよいかもしれない(でもおもしろさと集客力はちょっと違う気もしていて需要予測は難しそう)。

最近妻がはまっているものではへうげものでは、ちょっと違う方向性で展をやっていた様子。 「へうげもの」展、マンガ家・山田芳裕も協力 日本橋三越にユニークな陶器並ぶ | アニメ!アニメ!

食事

ちなみに今回、久しぶりに2歳児を妻の義実家に預けることができたので食事も取ってきた。ゴールデンカムイ展の後ということで、ジビエを期待してハンターというお店。 (当然ながら)ジビエは全然季節じゃなかったけれどなかなかエッジが効いていて美味しかった。

スタッフさんの開店5周年Tシャツに「Niku no hentai to tanoshii nakamatachi」と書いていて、ゴールデンカムイだ!と妻は喜んでいました。

HUNTER (ハンター) - 丸太町(京都市営)/ステーキ | 食べログ

伊藤俊一「荘園」で学ぶ農地の成り立ち

このところ、なんとなく農地というものに興味があってその流れで手に取った。 荘園なんて歴史の教科書で地味にでてきた用語、と思うかもしれないけれど、じつは新書大賞2022で3位と注目されているし、日本の歴史を考えるうえでも土地は重要。

土地と歴史の関係については、(晩節を汚しつつある)猪瀬直樹さんの傑作「土地の神話」の解説にて建築家の藤森照信氏がコンパクトに洞察しているので長いけれど引用する*1

日本の歴史の教科書を開いてみれば分かるが、歴史の転変の肝所ではきまって土地が顔を出す。やや固い知識になるけれど、たとえば、伊根を育てる土地としての水田の確立から今日に直結する日本の歴史は芽を吹き、班田収授の法によって古代国家の基礎が定まり、それをなし崩しにした荘園によって中世の貴族や寺院といった指導層は支えられ、その荘園を荒らし回り切り取った土地に一所懸命の者どもによって武士の時代が始まり、そして武士の時代は秀吉の検地をへて、家康の封土を基盤とする封建制に行きついて安定する。原始、古代、中世、近世と、歴史の基盤は土地なのだ。この勢いは、近代に入っても変わらない。明治の新政権は、風封土を解体し地租改正によって近代土地制度を確立し、さらに、先の敗戦のおりの農地解放によって今日の日本の基礎がつくられた。 *2

※ これに続く歴史家と歴史学者の違いについての藤森氏のお考えも、歴史学者による本書との絡みで興味深いけれど、これは省略。

本書「荘園」では、研究の積み重ねによる詳細な荘園の制度や概念が整理されている。 2点、驚いたことについて書いてからいくつかおもしろかったところを紹介する。 まず、荘園そのものについてではないけれど、昔の(11世紀ごろの)農家は移動が自由だったというのは全然知らなくて驚いた。いろいろ移動したり雇われて耕作しており、戦後の先祖代々の土地を守っていたというのはもうちょっと近代になってからの様子。家族観とか郷土観はどうだったんだろう(その自由がない下人もいるはいたとのことではある)。

この時代(引用者注 11世紀ごろ)の農民は、後世のように先祖代々の屋敷と田畑を守って定住しているのではなく、時々の国司荘園領主の求めに応じて、転々と住まいと働き場所を変えたのだ。 *3

もうひとつが源頼朝が軍功の恩賞として、敵方の荘園の下司職(徴収権をもつ荘官)を分け与えたことが当時は脱法行為でかつ画期的なことだったということ(中学校の授業ではそういうものかくらいに思っていた)。これは覇権をとる組織は、画期的な人事制度を発明しているというのと通じるように思える*4。例えばナポレオンによる義勇軍や、Googleのコンピュータサイエンティストの好待遇での採用を連想した。

ほかいくつか気になったところを引用してみる。

軍閥について

国司の任を終えた皇族・貴族が地方に土着して国司の仕事を妨げることが問題になった。この土着した皇族・貴族のことを 前司 浪人 といい、彼らの末裔からのちの大武士団が生まれてくることになる。 *5

群盗を鎮圧するため、東国の国司たちは 蝦夷 から乗馬術を学んで軍団を再建・強化するとともに、群盗化した富豪層の一部を懐柔して軍団のなかに取り込んだ。そのうち国司の四年の任期を終えても都に帰らず、大勢の従者を抱えて関東の未開の荒野を 田畠 に開発し、そこに土着する貴族も現われた。その代表が九世紀末に上総介(上総国の実質的な長官)となり、任期後に土着した平高望だ。 *6

中世にどうやって各地を支配していたのかと思ったけれど、実際は軍閥のようなものも生まれていた様子。とはいえ、ほかの多くの地域では遠地でもつつがなく租税が納められていた時期が長かったようで現地の農民目線でその強制力がなんだったのかは少し気になった。荘官の武力なのか、お上のルールに従う文化なのか道徳的ななにかなのか。

制度について

中世の荘園では農業の集約化も進んだ。山野から刈り取った草木や、それを焼いた灰を肥料として田畠に敷き込む刈敷が使われた。これは古くから行われてきた方法ではあるが、領域型荘園の成立によって荘民による山野の占有権が明確になり、草木の利用も促進されたと考えられる。百姓が牛馬を飼うことが一般化すると、その 糞尿 や敷わらを堆積して腐らせた 厩肥 も用いられるようになり、二毛作により低下した地力の回復に役立った。 *7

中世荘園は耕地と山野を含めた領域を囲い込み、領主が自らの責任で荘園の領域を自由に開発・経営し、その結果を引き受けた結果、山野の資源の活用も含めた農業生産の集約化が進んだ。 *8

集約や管理によってだけでなく、権利が明確になったことで農法の発展もあったというのはおもしろい。

鎌倉時代後期からは水田の裏作として麦を栽培する水田二毛作が行われるようになった。裏作の麦に年貢をかけるのを禁じた鎌倉幕府の政策もあって二毛作は普及し、一五世紀には稲・蕎麦・麦の三毛作も行われていた。 *9

これは、飢饉対策という意味もあるけれど利益になる方向に発展していくのも制度と技術の共進化のひとつといっていいんじゃないかな。

国司が免田を認可した理由は大きく分けて三つあり、第一には開発者へのインセンティブとして新開田( 治田 という) にかかる税の減免、第二には国司が貴族や寺社などに納める義務がある物品の割当て、第三には貴族や寺社の仕事にたずさわる 寄人 の田地の税の減免だ。 *10

優遇制度によって地域の開発が振興するというのは現代の産業振興にも通じる。そして、これで力をつけた国司の一部が軍閥化することも・・・

摂関政治の時代の地方は不安定な競争社会で、国司が税の減免を 餌 に荒廃地の開発を競わせた結果、田堵や私領主が耕地をわざと荒廃させ、その再開発で税の減免を求めるような本末転倒な事例も出ていた。 *11

そして制度がハックされるのも現代と同じ・・・。制度設計は難しい。 また、環境の変化によっても荘園経営は影響を受けている。たとえば、中国から銅銭が大量に導入された結果、年貢も代銭納化して、これによって、荘官・金融業・手工業を兼ねて富を生み出す、これまでになかったビジネスモデルが生まれたというのも興味深い。

組織外の人員を代官に登用することは、荘園領主にとって荘園経営の「外注」だった。外注化は担い手の集約でもあり、五山派禅寺の東班衆のような荘園経営専門のコンサルタント集団が生まれ、金融業と荘園経営との相乗効果で土倉や酒屋は巨額の利益を上げた。   *12

このように、状況の変化がビジネスチャンスにもつながっている。

荘園は経営や支配の枠組みとしての実態を失い、荘園の名称もいつしか地域から消え、かわりに村や、村の連合である郷が地域の枠組みになっていった。これが近世に引き継がれ、村が年貢の納入を請け負う村請制が形成されることになった *13

これも自立のひとつではあるのかも。

その他

荘園の研究史自体も興味深い。

一九七〇年代までの荘園研究に問題がなかったわけではない。階級闘争による社会の進歩を説いたマルクス主義歴史学は、在地領主である武家を革命勢力と位置づけ、貴族や寺社が持つ荘園を侵略して封建制社会を形成する道筋を描いた。またマルクスの歴史の発展段階によると中世は農奴制社会のはずなので、日本の中世に土地に緊縛された西欧的な農奴を探し求めた。 *14

冒頭にあったこの説では、高い知性をもって訓練を受けた人文学者であってもその時代の固定観念に引きずられるということがわかる。

畠作も平安時代と同じく、穀物では麦をはじめ蕎麦・大豆・小豆・大角豆・粟・黍・稗 などが栽培された。蔬菜類では芋・胡麻・牛蒡・胡瓜・韮・葱・えんどう、手工業産品の原材料として、 燈 明油の原料の荏胡麻、畳や蓆を作る藺草や染料にする紅花も栽培された。 *15

日本古来の野菜が並んでいて嬉しい。農民はどういう食生活もすけてみえる(実際はどうだったんだろうか)。

また、本書では文献だけでなく古気候学の知見も活かされているというのも興味深い。学際的ですごい。

九世紀前半までは乾燥気味で安定していたが、九世紀後半には湿潤に転じて不安定化し、洪水と 旱魃 が交互に起こった。一〇世紀には一転して乾燥化が進み、一〇世紀半ばの乾燥した気候は一〇〇〇年単位で見ても異例なもので、農村は厳しい試練にみまわれた

こうした気候による苦難は大きな爪痕を残しているけれど、現代に発生するとどうなるだろうか。現在の近代的な農業と食品流通は、せいぜい数十年の安定した気候に最適化されすぎているのように思えるので、たとえば大噴火などの気候変動にどれくらい影響を受けるかはちょっとおそろしい。

そんなこんなで、荘園というものから、農業社会の成り立ち(の一部)や制度設計について楽しく学べる良書でした。みんな読みましょう。

*1:この無理やりなまとめ方について、正確ではないよ、という研究者の方の声も聞こえてきそうだけれど、明文化されているかどうかに関わらず土地についての制度の変遷が歴史の重要な要素というのは同意していただけるのでは、と思う。

*2:文庫版p437

*3:p54

*4:もちろん十分条件ではないし、必要条件でもないけれど

*5:p35

*6:p65

*7:p144

*8:p267

*9:p144

*10:p55

*11:p74

*12:p234

*13:p260

*14:p5

*15:p144

技術オタクのビル・ゲイツの「地球の未来のため僕が決断したこと」はポジティブな気候変動対策本

「地球の未来のため僕が決断したこと 気候大災害は防げる」(2021, ビル・ゲイツ)を読みました。

みなさま知っての通り、ビル・ゲイツMicrosoft の創業者で世界的お金持ちでいろいろ投資とか慈善事業もやっているんですが、その根っこはとびきり賢い技術オタクです。その稀有な人物だからこその本でなかなか前向きでおもしろい。

これまでの自分の理解では、この百数十年の間で地球温暖化は進行しているし、その多くは人類の活動による温室効果ガスによるものではある。けれど、人々が生活している以上、これを大きく減らすのは難しいのでは、と大きな問題から目をそらしていました。そして、なんとなくプラ製品の使用を減らしたり肉食の頻度を減らすくらいだったんだけれど、本書ではものごとを整理して解決のために取り組むべき問題を分解している。

本書の大きな特徴は、考える枠として、現在の510億トン/年の二酸化炭素輩出を実質ゼロにすることを大目標として掲げていること*1。そして、現在は各分野がその内訳のどれくらいを占めているのかと分解し、ある技術や施策はこれをどれくらい削減できうるかで(人類が)投資する価値を考えているという点。

本書では温室効果ガスの排出源を大きく5つに分類している。

  • ものをつくる(セメント・鋼鉄・プラスティック) 31%
  • 電気を使う 27%
  • ものを育てる 19%
  • 移動する 16%
  • 冷やしたり温めたりする 7%

自分が知らず驚いたものもいくつかあるけれど、たとえば、自動車は移動するのなかの半分にすぎず、鋼鉄とセメントの製造は、それだけで全排出量の約10パーセントを占めるというのは、B2B の大きさをみえていなかった。 こうして、目立つところだけではなく、分解してそれぞれ考えるのはソフトウェア工学での、分割統治法的な考え方なように思う。

さらに、イノベーション観には他の領域でも通用する学びがある。

現在僕たちが気候変動に対処するために必要なのは、さまざまな 学問分野 に正しい道へと導いてもらえるようにする方法である。  エネルギーでもソフトウェアでも、その他ほぼどんな仕事でも、厳密に技術だけの問題としてイノベーションを考えるのはまちがっている。イノベーションは、新しい機械や工程を考えることだけではない。新しい発明に命を吹きこんで世界規模で展開するのを手助けするビジネス・モデル、サプライ・チェーン、市場、政策の新手法を考えることでもある。イノベーションは新しい発明品のことであるのと同時に、物事の新しいやり方のことでもある。

また、ビル・ゲイツはもともと貧困国の慈善活動をしていた流れで地球温暖化に触れたということもあって、温暖化対策をしつつも貧困国の生活を気にしているというのがよいし、この気候変動対策はビジネス機会でもあるという視点もおもしろい。壮大なソーシャルエコノミー。

ものごとは単純ではないけれど特に印象深いことをいくつかとりあげてみる。まず、

化石燃料があらゆるところで使われているのには、もっともな理由がある。とても安いのだ。〝石油はソフトドリンクよりも安い〟といわれる。

これによって化石燃料は発電や動力としてさまざまなところで使われ続けている。 発電について、自然エネルギーもさまざま検討されているけれど、有力なものはすくない。 たとえば、風力や太陽光やバッテリーでは不十分。風はいつも吹いているわけではなく、太陽はいつも照っているわけではなくて、都市で必要とされる量のエネルギーを蓄えておける安価なバッテリーが開発される見込みもない。

同じ重さで比べると、いま手にはいる最高性能のリチウムイオン電池に詰めこめるエネルギーは、ガソリンの三五分の一 運がよければ、バッテリーのエネルギー密度はいまの三倍まで上がる可能性がある。しかしその場合でも、ガソリンやジェット燃料の一二分の一の密度にしかならない。

地熱についてはすなわち一平方メートルあたりで得られるエネルギーの量がかなり低いとしているし、水素はまず電気を使って水素をつくり、のちにその水素を使って電気をつくるためバッテリーに直接電気を蓄えるより効率が落ちるとしている。

自分としては気候変動だけではなく、人類存続のためにも有限の化石燃料は残しておきたいけれど難しい。 原子力発電については、核融合が本命だけれどまだできることがあるとはしている。

重要なのは、どこか特定の企業が核分裂核融合に必要な他に類を見ないブレークスルーを起こすことではない。最も重要なのは、世界がふたたび原子力エネルギー分野の進歩に真剣に取り組むことだ。無視するにはあまりにも有望な分野だから。

このあたりは「エネルギーをめぐる旅」でも触れられていたけれていた。 dai.hateblo.jp

本書からなるほどと思えたことは、現行の手段と、温室効果ガス排出のない手段を価格差で比べることで技術の市場化をする方法。

化石燃料の価格には環境破壊のコストが反映されていないため、ほかの手段よりも安く感じられる。追加でかかるこのような費用を、〝グリーン・プレミアム〟と呼んでいる

たとえば、車を所有するすべてのコストについては、走行距離一マイルあたり電気自動車のボルトはガソリンを燃やす自動車のマリブよりも10セント高くつくそうで、年間12,000マイル運転するのなら、1年あたり1200ドルのプレミアム、とする。

そしてこの概念によって、いくつかの選択肢がある場合はグリーン・プレミアムが低いかまったくないものを展開するべきとする。こうしたソリューションがすでにあるのに用いられていないのならコストが障壁となっているわけではないということで、時代遅れの公共政策や認識不足など、ほかの理由によって普及が阻まれているとしている。そして、研究開発資金、初期投資家、優秀な発明家はグリーン・プレミアムが高すぎるところに集中するべきだという。その領域こそが、環境にやさしい選択肢にコストがかかって脱炭素を推進できていないところであり、それを手頃な価格で提供できるようにする新しい技術、企業、製品がはいりこむ余地がある。

あとおもしろかったところ

僕は、気候変動についての理想的なメッセンジャーとはいえない。世界には、壮大な考えを抱いてほかの人にやるべきことを指図したり、どんな問題でも技術で解決できると思いこんでいたりする金持ちがすでにたくさんいる。それに僕は大きな家を何軒ももっていて、自家用飛行機で移動しているし、実のところ気候変動会議に出席するときも自家用機でパリに飛んだ。こんな僕が環境について人に講釈を垂れることなどできるのだろうか。

自己批判よい。排出権を購入したり、バイオジェット燃料を使うなどしててゲイツ家ではネットゼロにしているらしい。

ほか、さまざまな論点について触れられているけれど、特に自分の関心のある農業についていくつかだけ拾ってみる。

世界中でおよそ一〇億頭の牛が牛肉と乳製品のために育てられている。その牛たちが一年間にげっぷやおならで出すメタンには、二酸化炭素二〇億トンと同じ温暖化効果があり、これは地球上の全排出量の約四パーセントにあたる。

かといって、食文化もあり食肉を減らすのは難しい。代替肉などの普及も意味がある。

窒素をつくる微生物は、その過程で多くのエネルギーを使う。あまりにもたくさん使うので、微生物は進化して、絶対に必要なときしか窒素をつくらなくなった。つまり周囲の土壌に窒素がないときだ。窒素がじゅうぶんあるのを感知したらつくるのをやめ、エネルギーをほかに使えるようにする。したがって合成肥料を加えると、土のなかの天然生物は窒素を感じとり、自分でそれをつくるのをやめてしまうのだ。  合成肥料には、ほかにもマイナス面がある。それを製造するにはアンモニアをつくらなければならず、その工程で必要になる熱は天然ガスを燃やしてつくるので、温室効果ガスが出るのだ。それに、合成肥料を工場から保管用の倉庫(僕がタンザニアで訪れたような場所)に運び、最終的に使用される農場に輸送するトラックはガソリンで動く。最後に、肥料を土に入れたあと、肥料に含まれる窒素の多くは植物に吸収されない。世界全体で作物に吸収されるのは、畑にまかれた窒素の半分未満である。残りは地下水や地表水に流出して汚染を引き起こすか、亜酸化窒素として空気中に漏れ出る。

合成肥料の難しさ。いっぽうで堆肥も温室効果ガスを輩出はするのでその比較は気になる。 ほかの技術についても比較されているので、これからニュースをみたり、政党のマニフェストを判断するうえでも参考になると思う。

いっぽうで、各事実から、温室効果ガス排出を減らすある方向性については、まったく触れられていなかった。 いろいろ陰謀論のタネになりがちなビル・ゲイツからはとても言えないことで、自分も表現する方法をもっていないけれど、どうするべきなんだろうか・・・

本記事を書いてから、ゲイツはいま何してるかなと調べたらなんと日本にいて、目黒寄生虫館にいてびっくりした。

関連記事) 農作物の価格もなー、なんとかならないかなー、と思って書いた記事 dai.hateblo.jp

*1:輩出をゼロにするのではなく、回収する分と合わせて実質ゼロにするということ

農作物の価格について、あるいはペティ=クラークの法則の行き詰まり

今月、尊敬するお二人が続けて新刊を出すことを知った。

1つは農業研究者の篠原信先生による「そのとき、日本は何人養える-食料安全保障から考える社会のしくみ」

もう一つは茨城県の生産者でもある久松達央さんの「農家はもっと減っていい 農業の「常識」はウソだらけ 」

お二人とも直接の知り合いではないけれど、共通の知り合いがいたり、ご著書を通して卓見を伺ったり、とある Facebook グループで活発に投稿されているのをみたりしていた*1

一見すると逆の狙いのようにも見えてしまうかもしれないけれど、どちらの本も通底するものがあるはず。そして、これまで自分が仕事などで生産者さんたちと接する中で考えていた問題意識と近そうで楽しみ。 それぞれ読んで「答え合わせ」をするまえにタイトルから連想される自分の考えを書いてみる。

農業問題 - 目標と現状

農業に関係する問題は複雑で、さまざまな因子が絡んでいる。 全部を整理して語ることは自分にはとてもできないので、まあまあ多くの人に同意してもらえる大きな目標のひとつと、それにまつわる誤解されがちな話題について書いてみる。

まず目指される目標のひとつは、「長期的に食糧供給を安定させること」として多くの方も方向性については納得してもらえると思う。食糧不足からなる飢饉によって、これまでも多くの人が亡くなってきたし、文明も滅びてきた*2。人類が磨き上げてきた慣行農業の生産力はまさにこのためだし、有機農業の意義も、低インプットで環境負荷を小さくして持続可能な農業を目指すという点で目指すものは同じはず*3。これを避けて人類社会を持続させたいというのは多くの人もわかってもらえると思う。少なくとも自身や子どもたちが生きている間は食うに困りたくはない。

この目標のレベルや、手段についてはさまざまな議論があるけれど、そのために主食の生産のうちのある程度を国内で安定して続けられるようにするというのも原理主義的な新自由主義者でもなければ合意できると思う。

ただ、ここからは議論が難しい。まず、しばしば食糧自給率が低いことが問題だ、と言われるけれど、これを指標とすることは好ましくはない。これは、カロリーベースであっても金額ベースであっても、家畜の飼料や、作物の生産に必要な農薬や肥料の輸入分は計算に入っていないという批判や高価なものを海外から輸入している分もあるという問題があるから。 自給率をあげるには牛肉の輸入量を減らすことが手っ取り早いけれど(実現可能性はさておき)、それでめでたしとはならない。

とにかくも食糧供給について、現実を把握するために具体的な数字をみていく。まず、農業従事者は2015年から2022年までで30%、52万人も減っていて、さらに70%が65歳以上となっている。いかに高齢化社会とはいえ、産業として厳しいと感じると思う。
農林水産省 - 農業労働力に関する統計

そして、生産の基盤である土地についてみていくと、耕作面積はピーク時から25%以上減っている。
農林水産省 - 荒廃農地の現状と対策について.pdf

これだけ高齢化もあって、農地も減っていると食糧供給は大丈夫か、と心配になるけれど、問題は食糧供給だけではない。 「農業の多面的機能」という、耳慣れないだろう言葉によっても説明されるように、農業には食糧生産以外のいろんな機能がある(いわゆる外部経済というやつです)。

わかりやすいのは、農地の維持が水害対策になったり地域の文化をはぐくんだり里山を維持することで生物多様性を維持していたりするというもの(ちなみにあらゆる農業は環境に悪影響を与える側面もあります)。

詳しくはこちら(農林水産省 - 農業・農村の有する多面的機能)。めちゃめちゃリンクのあるけれど大人向けパンフレットがおすすめ。写真が強い。

もちろん、この多面的機能だけではなく食糧供給こそ重要というのもわかるけれど、国内生産が増えることでこれら多面的機能も維持されるということで、ここからは本丸の食糧生産にフォーカスしていく。

この生産減少の原因はさまざまあるけれど、生産物の価格が大きな要素だと思っている。

農作物の価格をめぐって

たとえば米についてみてみると、このデフレ時代とは言え、米価はこの30年で半分程度まで下がってきているし、今年はさらにやばそう。
農林水産省 - 米をめぐる関係資料.pdf 早場米、宮崎産が3年連続下落 小売需要伸び悩む: 日本経済新聞

米だけでもなく青果も似たり寄ったり。スーパーでは、たいてい一番最初のエリアにある野菜は、客寄せとして安売りしていて原価割れしているものもあるという*4

これだけ価格が減っていると、同じだけの量をつくっても手取りは減るし経営は厳しい。 逆に、もし価格が一時的にではなく定常的に向上すれば、農業で食っていきやすくなるということで家業の農業をついだり新しく農業をはじめる人もでてくるだろう。

本当にそうなるかどうかはさておき、価格と供給について考えていく際に、悩ましいフードロス問題についても触れておく。

自分も、ごはんを残してはいけないという規範を親や社会から埋め込まれているので、廃棄される食品や食べ残しに忌避感は持つし、資源の無駄遣いだし環境負荷もあるよな~、とは思うけれど、かといってフードロスがなくなるということは農作物の消費・需要が減るということで、より価格は下がってしまうし、つまり生産者の手取りも減ってしまう。これについてはジレンマを感じていて、身近なフードロス削減には取り組むけれど、統計として現れるフードロスを直視できないでいる。

さて、フードロス問題に目をつむって、価格について考える。生産が減っていくと、農作物の価格は本当にあがるのだろうか。 短期的な相場の上下はあるだろうにせよ、長期的には経済発展によって農業部門は縮小していくというのは、古今東西多くの社会で観察され、ペティ=クラークの法則としても知られている。 これは、経済発展の速度差と説明されるけれど、さらに、マーケットからは生産性の改善が求められ、効率化をすすめることで生産量が増えて価格が下がってしまうという現象もある。

(この価格競争については、先月お亡くなりになった佐賀の百姓である山下惣一さんの名著「いま、米について」で生産者視点での苦しい状況が描かれています。古い本ですが、米以外の農業や補助金の問題についても今なお色あせていないのでみなさん買って読んでください。kindle にあります)

ただ、この今後の経済発展も見込めない日本で(人口減少以上のスピードで)生産量が減っていくとどうなるかはわからない。ミクロ経済学の最初に学ぶこととして、需要より相対的に供給が減ることで、価格は上がるとなっている。石黒耀先生による傑作カタストロフSF、「死都日本」では以下の一文があった。

食糧は10パーセント不足すると2倍、20パーセント不足すると3倍の価格になると言われる。1973年に日本で大豆が10パーセント不足した時は2.5倍に跳ね上がった。

農業経済学の分野では、農作物の価格弾力性が1より小さいことから生産量を需要と近いと仮定すると、価格変化率が生産量変化率より大きいと説明されている*5

生産量が減り続けると、価格も安定的に上がる・・・と、期待してもいいかもしれない。 そうすると、資材や人件費も高騰している中で、生産者の経営も改善するだろうし、そうなると新規参入者の増加と定着も改善するはず。

もちろんこれは楽観的な見方で、国内の所得は低迷しているなかでの買い手優位な取引関係のため値段は抑え続けられるかもしれないし、これまで鮮度の都合や国産志向で主流にはなっていなかった農作物の輸入が進むことで価格は変わらず、引き続き離農者は増えて国内生産も下がり続けるかもはしれない。

それに、もし価格があがったとしても、それは消費者の生活を直撃することになるので、アメリカのように野菜は贅沢で、ファーストフードが相対的により安価になって貧困者の肥満(と、富裕層からの軽蔑)が社会問題化することもありえる。

このあたりにジレンマを感じつつも、いま日本が直面している生産者の高齢化や耕作放棄地の増加は、供給量の適性化という意味で必ずしも悪いことだけではないのではないか、というのが現在の自分の考え。

いっぽう、農政としては小売価格の向上のための輸入抑止とか価格維持などがんばっていただければ・・・と思っています。

気候変動について

と、・・・お金のことばかり書いて文章を締めそうになったので、急いで気候変動と農業についても今の考えを書いておきます。

まず、化学肥料生産に使われる多量の化石燃料や畜産(牛のゲップや排泄物のメタン)は温室効果ガス排出における大きなシェアをしめていて問題。

前者について、長期的にはクリーンで安定した発電方法、つまり核融合を発明しないといけないように思われる(太陽光発電風力発電も補助的に意義はあるけれど面積当たりの発電量が低いのと、バッテリーの技術革新も大きく期待できず主力にはなれない)。畜産について、自分も食肉文化は好きだけれど、世界全体で消費を減らしていくようにしないといけないだろう。ただ市場経済のもとでどうやるかはまったくわからない(価格がカギだとは思う)。

このあたり、読みやすいものとして、みんな大好きビル・ゲイツという、巨大企業の創業者にして慈善事業化にして技術オタクという稀有な人間が書いた「地球の未来のため僕が決断したこと」とか「エネルギーをめぐる旅」があっておすすめです。

そして、これらの気候変動についてゲイツが思いついてはいたはずだけれど、著書で微塵もにおわせていない解決策が浮かんで暗澹たる気持ちになってしまう・・・。 これについては、文章で妥当に表現する表現力をもっていないので悪しからず。

お二人の新著でなにかヒントが見つかるのを楽しみにしています。

dai.hateblo.jp

おことわり

自分は、農業の流通や環境負荷、生産者の経営あたりに関心があり、生産者の受注・販売管理の負荷を下げるためにファーモという販売管理ソフトを開発したりしています。 そのつながりで多くの生産者さんに接したことが自分の考えに影響をもたらしていそうですが、本記事は自分個人の意見です。

本記事やファーモについてご関心のある方、お気軽にお声かけくださいませ!

ファーモ | 農家のための無料で使える販売管理

*1:「キレイゴトぬきの農業論」はおすすめです。

*2:「人類と気候の10万年史」によると、栄華を誇ったマヤ文明も、9年の間に6回もの干ばつが襲う時期があったことが原因になっているという推測があるそうです。

*3:有機農業の基本理念は、有機農業の推進に関する法律の第三条に明記されています

有機農業の推進は、農業の持続的な発展及び環境と調和のとれた農業生産の確保が重要 であり、有機農業が農業の自然循環機能(農業生産活動が自然界における生物を介在する物質 の循環に依存し、かつ、これを促進する機能をいう。)を大きく増進し、かつ、農業生産に由 来する環境への負荷を低減するものであることにかんがみ、農業者が容易にこれに従事するこ とができるようにすることを旨として、行われなければならない。

https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/yuuki/attach/pdf/sesaku-1.pdf

*4:八百屋を経営する尊敬する友人や、スーパーに勤めていた親戚も同じことを言っていた

*5:例えば、荏開津先生の「農業経済学」。ただ、というもの。ただ、商品の価格弾力性を厳密に計算はできないので価格変化率の予測には使えないし、生産量と需要量を近似しているという仮定はちょっと乱暴すぎでは、と思ったりしています

キッズとカエル

子を連れて川に遊びに行った際、6歳前後のキッズ5-6人がカエルがいた!と騒いで石を投げつけていたので見かねて割って入っていろいろしゃべったんだけれどなかなかおもしろかった。

自分がつかまえて手にのせてみせて「なんでいじめるの」と聞いてみると、気持ち悪いから、と1人が返したけれど「えー、かわいいよ、ほら(1人が着てたTシャツの柄と同じ)ポケモンみたいじゃない?」といってみせると「違うよ~」と納得はしてなさそうだった。続けて「生き物の多様性は大事なんだよ」と言うと、うーん、という反応(いじめるのがよくないことを諫めるには不適切だけれど咄嗟にでてきた)。ただ、「種類はわからないけれど珍しいのかもしれないよ?」というとちょっと目つきが変わった気がする。

たぶんカジカカエル
たぶんカジカカエル
(肌のぶつぶつはツチガエルみたいと思ったけれどシルエットが違ってなんだろうと思って帰って小学館の図鑑NEOで調べると、カジカカエルっぽかった)

そのあいだ、カエルの歌が好きな2歳になるうちの子の手にカエルをのせようとするといやがっていた。

虫かごに入れたい、とのことで、キッズたちに「一番勇気ある人だれ?(自分の手から)とって入れてもらおうかな」と言うと、数秒たって一人がおずおずと手をあげてとろうとする。けれどぱっと飛んでまたみんなわーっとなってしまう。 なんとかもう一度つかまえて虫かごにいれてもらった。その虫かごには先客として、細いカマキリが入っていたが・・・。

そのあと一番勇気のあった少年に何歳か聞くと6歳で小学1年生とのこと。 好きな生き物はと聞くと、サメ。別の子はクジラ。海の生き物はみんな好きらしい。 サメ好きの少年は、カタカナの複雑な名前の、なんか下唇からぐわっとなにかが生えているサメが特に好きらしい。 全然わからなかったので「すごいね、全然知らない。物知りだね」と答えておいた。

ちなみにこの間、親御さんたちは全然関心がなさそうだった。 ブルカをしていてイスラム教徒な方が半分くらいだった様子。このカエルのやりとりの30分後に、お母さんの一人から集合写真を撮ってくれとiPhone13proを渡された。

6歳くらいの少年としゃべる機会はめったになかったけれど、子どもの残酷さと関心に接することができてなかなかおもしろかった。川はいろんな出会いがあって楽しいので週末は川に行きましょう。

安倍元総理暗殺事件、翌日の雑感

安倍元総理大臣が暗殺されるという衝撃的な事件が派生してしまいました。お悔やみ申し上げます。 さまざまなニュースを眺めていろいろ思うところがあったので雑感を書いてみます。本文章は事件翌日で参院選投開票の前日深夜に書いています。 情報源は、Web記事、7/8の毎日新聞朝刊*1Twitterあたり。

事件について

  • 青天の霹靂だった
  • 暴力は反対。暴力での言論封殺は民主主義を脅かすもので厳しく処罰されるべき。テロリズムに屈してはいけない
  • 原敬首相・浜口雄幸首相*2犬養毅首相・浅沼稲次郎社会党委員長とか近年だと石井紘基衆院議員、伊藤一長長崎市長などと政治家が殺された事件が多数あったことを思うと珍しくはないけれどこの令和の時代に、と暗澹たる気持ちになる
  • これらの事件の多くは右翼による犯行だったが(極左のテロはもうちょっとおおざっぱな気がする)、現在の報道よるところでは組織だっていない今回の犯行は特異かも。京都アニメーション放火殺人事件や北新地ビル放火殺人事件のような、思い込みによる強い殺意を連想した
  • 陰謀論もあるけれど、単独犯行で成功率の低そうなことを捨て身でやっているのは執念深い素人っぽさを感じる
  • 浅沼稲次郎を暗殺した17歳の山口二矢を掘り下げたノンフィクション、「テロルの決算」はノンフィクションの傑作でおもしろかったけれど、出版は事件から18年後の1978年だった。今回の事件も全貌がわかるのはまだ先だとは思う
  • 犯人が自供しているという宗教団体に関わっていたからという恨み、警察から具体名が報道されていない理由が気になる。参院選への影響を恐れているからだろうか

安倍元総理について

  • 間違いなく強力な、実力のある政治家だった。しかし、毀誉褒貶が激しいというか、これほど多くの信奉者とアンチがいる与党の政治家は珍しかったと思う
  • 主な成果としてのアベノミクスの評価はわからない。完全雇用は達成されて就職率改善はよかったがこれは少子化下で当然なのかどうか不明。政権下での株価上昇は世界的な流れでもあるし国の買い支えもあるし判断しにくいので後年の専門家による評価待ち
  • ロシアとの外交は悲惨だったけれど、2019年の首脳会談で習近平に香港やウイグルの人権問題を問いだしたのはよかった(7/9の毎日新聞山田孝男特別編集委員の評伝で知った)*3
  • 2015年に出された戦後70年の談話はとてもよかったと思う(同じく毎日新聞の評伝で改めて知った)

【戦後70年談話】首相談話全文(1/8ページ) - 産経ニュース

(記事をずっと残してくれる産経新聞から引用)

  • 何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。
  • 我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである
  • 核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。
  • 女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしていく
  • ただ、権力に長くいたことや、そのためのメディア支配・官僚人事の支配による悪影響はマイナスな印象をもっている
  • 森友学園(大阪の許認可のプロセスが最初の大きな問題だと思う)とか桜を見る会とかの汚職とかそれに関する虚偽答弁・公文書関連とか、批判を封殺しようとする姿勢は問題だった
    • 毎日新聞江川紹子さんが書いていた「言論での批判がうやむやな一方で、力による言論の封殺が起きてしまいました。二重に民主主義の危機だと思います」というのは端的
  • 死亡したからといって免責されるわけではないので関わっていた汚職などは明らかにされてほしい
  • いっぽうで、一時期、問題をうやむやにしていた状況に手をこまねいてか、一部の野党からでていた「アベ政治を許さない」とか、一部のアンチから出ていた「アベ〇ね」などの苛烈な個人批判はよくなかったし、(野党側にとっても)好ましくなかったと思っている
    • これが暴力の敷居をさげて事件の背景にあったのでは、という意見もあるようだけれど、それは判断できないし否定的。ただ、与野党関係なく、行儀の悪い批判や誹謗中傷はなくなってほしい
  • 谷垣禎一さんの事故がなければなあ、とは思う・・・(さらに無意味な「たられば」ではあるけれど、きっと今回の暗殺もなかったはず、、

雑感

  • 今後どういう影響がでるだろうか。弔い合戦的になることは与党にとっても野党にとっても好ましくない
  • テロで政治に影響を与えるみたいなことになると、テロリストに動機づけを与えてしまうのでなかったかのようにふるまえるとよいと思う
  • でも素人模倣者がでうるのは防げないだろうか・・・。とりあえず与野党とも警備強化で乗り切ってほしい
  • この事件によって、治安維持のための権限強化することはやめてほしい(悪名高い治安維持法も、共産主義だけではなく米騒動など民間の暴力への対応として生まれたという理解)
  • 実行犯の言及する宗教団体がどこかは不明だけれど、政界は統一教会と縁をきってほしい(調査報道がんばって!)
  • 多くの熱心なファンと熱心なアンチがいて、SNSを眺めるとそれぞれひどいことを書いていてうんざりする*4。分断が深まることを懸念している
  • 「暴力は反対。暴力での言論封殺は民主主義を脅かすもので厳しく処罰されるべき。テロリズムに屈してはいけない」と冒頭で書いているけれど、これは、民主主義体制下では、という前提がついている。暴力によって支配される全体主義体制化では、大衆の暴力が世界の平和や、コミュニティの未来のためにも意義がある場面はあるとは思っている。具体的には、ヒトラーを暗殺しようとした動きは英雄的だったと思っているし、21世紀最大の侵略者、プーチンはクーデターで斃されてほしい(できればちゃんと適正な裁判にかけられてほしい)。ここらへん、自分の中では区別できているつもりだけれど、論理的な整合性をとれるかはあまり自信がない
  • 本事件、未来ではどう評価されるだろうか・・・。悪いターニングポイントではないことを願っている

参考

このスレッドの、各紙の比較がたいへん興味深かった

以上。明日は早起きして投票にいかないと・・・

脚注

*1:義実家で読んだ

*2:城山三郎の「男子の本懐」で読んだ

*3:安倍晋三首相と中国の習近平国家主席による首脳会談の要旨 - 産経ニュース

*4:こういうのとか

ほんと安倍総理のお言葉にも国益にも反しているので安倍元総理の談話を読み返してほしい

政治・選挙について雑感

参院選が近づいてきた。 民主主義を憲法にも掲げている国なので政治のことを自由に語れるといいんだろうけれど、政治と野球と宗教の話は人にするべきではない、という人間関係の経験則もあるくらい政治の話は難しい。

難しい理由は大きくは2つあるように思う。

正しい情報を得にくく正しい判断をしにくい

1つ目は、まず、正確な情報を得にくいこと。マスコミによる印象操作的な切り取り報道もあるし、ネット上の議論でも党派性によって情報の選択や見せ方にバイアスがかかる。同じ出来事の一部を切り取って悪しざまに書いたり、逆もある。

実際に、たとえば政治家の発言のなにかが切り取られて報道されると、なんてやつだ、と思ったりもするけれど、あとあとでネットで文脈を解説してくれている人の記事をみると、なるほどそれならわからなくはない、となったりもすることはしばしばある。ほんとうは都度都度、原文にあたるべきなんだけれど、リソースも限られていてなかなか一次情報にはあたれないし、複雑な背景はなかなかわからない。自分も狭いタイムラインのエコーチェンバーに閉じ込められいる。

それぞれ強い信奉者がいるので身近な人の気を損ねそう

2つ目は、それぞれ強い信奉者がいることで敵か味方かで分断されてしまっているように感じていること。 自分の FacebookTwitter のつながりでも、自民党絶対支持という人と、自民党絶対ありえない、という人がそれぞれ複数いる(むしろアンチ野党とアンチ自民党のようにも感じる)。 どのどちらも実際に会っていると善良で誠実な人間なんだけれど、それぞれ、反対側の人を人でなしだと思っていそうなのが SNS からも伝わってくるので、うかつなことを書きにくい。

政策の考え

というわけで政治について正しいインプットを得ることが難しく、議論しにくい。こういう前言い訳をしたうえで、そもそも政治になにを望むかちょっと思いついたものを書いてみます。

・政治がまともになってほしい。公文書や統計はちゃんと管理してほしいし、お友達優遇の汚職はやめてほしい。EBPM進んでほしい。

・衣食足りて礼節を知るという言葉もあるし、経済がちゃんとなっていくことで解決される問題も多いとは思うけれど、経済政策はなにが正しいのかわからない。財政出動で雇用や教育機会をつくったほうがいい、とも思うけれど、財政悪化がどういう帰結をもたらすかわからない。ドーマーの条件とか。通貨を自主発行できるからいくらお金を刷ってもいいんだ、という話もよくわからない(かつてイギリス病に苦しめられていて緊縮で持ち直したと語られるイギリスは当時誤っていたのか?とか)。

・消費税もつらいしなくしたほうが消費も進んでいいとは思うけれど、要否は判断できない。いらないという側の理屈もいるという側の理屈もそれぞれ読むと納得しそうになる。ただ、インボイス制度はやめるか免税事業者もインボイスを発行できるようにはして、取引先が仕入税額控除の計算を従前どおりできるようにはなってほしい。軽減税率もだるいんだけれど、今後のぜいたく品に対する税率向上の布石だとはすこし期待している。

・産業振興もわかっていないけれど、教育や研究など長期的に効くものに支出していってはほしい(教育や医療の乗数効果は高い!)

疑似科学はやめてほしい(有機農業が健康にいいとか*1、水らの伝言とかEM菌とか、反HPVワクチンとか)

憲法について、実態と合っていない部分・古い部分は変えたほうがいいとは思う(特に9条下で際限なく防衛費を積むよりは)。けれど、自民党の改正案をみていると現状では変えないほうがいいんだろうな、とは感じる。一部野党による「憲法改正反対」という用語は謎で、「憲法改悪反対」と表現したほうがいい。「正しく改める」ことに反対するのは守旧的な印象がある。

・これもニュースの印象でしかないけれど、票になる目立つ行動ばかりとられがちな気もする。逆に、ロビイング力のある団体が反対し、大衆が重視していないことはなかなかできないような(これは人よってなにを連想するか違いそう。自分は漁獲量規制の進まなさをまず連想しました)

・その他さまざまな論点があって、ここに挙げていないものでも人によって喫緊と感じるものもたくさんあるとは思う(皇室とかジェンダーとか表現の自由とか)、このあたりも重要なのは間違いないんだけれど、不勉強なので書いていません。

自分の投票方針

この稲田朋美氏のインタビューの「改革が進むのは野党が強いとき」というのは納得。有料記事で全文読んでいませんが・・・。

www.asahi.com

今回もまず、自民党が勝つんだけれど、これまでをみていると一党が強いのはよくないように感じるので、経済感覚がまともそうな野党にいれる感じかなあと思っています。 非拘束名簿式で、比例に個人名をいれられるというのは悩ましい。推しがいたら教えてください。

*1:持続可能性や環境負荷のためには大いに意義はあるのに、健康とか言い出すと台無しになる

「プロジェクト・ヘイル・メアリー」はド直球ド迫力の宇宙SFだった

※ 前半に未読者向けに紹介文を書いて、後半に読み終えた方向けにネタバレ感想を書いています。

未読者向け紹介

(お知らせ)2022/7/13までKindleで半額セールをしているので買いましょう。
今年も早川書房1500作品が50%割引の超大型電子書籍セールがきたので、SF・ノンフィクション中心にオススメを紹介する - 基本読書

本書は映画化もされて大ヒットしたハードSF「火星の人」*1のアンディ・ウィアーの第3作。 読んでもらうために権威に頼って紹介すると、ビル・ゲイツの「2021年に読んだなかで大好きな本5冊」にも選ばれている。ゲイツはわかってる。

ビル・ゲイツが選ぶ「2021年に読んだ記憶に残る5冊の本」 - GIGAZINE

第1作の「火星の人」は探査の事故で1人火星の残された主人公が知恵と前向きさで状況に立ち向かっていく、緻密かつ軽快なおもしろさのある傑作。第2作「アルテミス」では移住初期の月面を舞台に親がイスラム教徒の溶接職人の悪ガキ少女が自由気ままに活躍する作品。一部ではあまり評価されていないようだけれど、人口数千人規模で、都市を建造しだした初期の月面で開発のためさまざまな移民がいるという都市建設・文化発生のダイナミズムが伺えたことや第1作から健在のハードの描写もとてもよかったし、主人公である少女の描写がいきいきしていて楽しい作品だった。そして本書「プロジェクト・ヘイル・メアリー」はやや新しい路線で、前作を越えるすさまじさがある。

この類をみないストーリー展開のために、いくつかの舞台装置や設定はご都合主義なところもあるので気になる人もいるだろうけれど、それがあってこそ描かれる物語はすごい。

ここ数年で世界中で注目され続けている中国発の傑作SF「三体」と比べると登場人物の数や関係がシンプルなのでかなり読みやすいとは思う。三体挫折した人はこちらから読みましょう。

と、簡単に紹介してみましたがあらすじや紹介としては冬木糸一氏の記事がまとまっていて詳しいのでこちらを読んでください(自分も冬木さんの記事のアフィリンクで購入しました)。 huyukiitoichi.hatenadiary.jp

以下ネタバレ

もう読み終わった人しか読んでいませんよね?冬木さんが「宇宙SF&宇宙生物学SF」として紹介したのはさすがすぎます。宇宙生物学という言葉に込めたいろいろなものがわかる。もう数年後には、ファーストコンタクト物の傑作として紹介されるだろうけれど、そうなるまえに、ファーストコンタクトものだと思わない状態で読んでほしい。それを知らずに読めたからこその驚きがあった。「まじで」となって手が止まらなくなる。

いくつかの欠点

いや、ちょっと不自然なところはたくさんある。

たとえば

  • ペトロヴァ対策委員会として強力な権限をもつストラットが主人公をひっぱりだすところ。実験設備の用意はだれがどうしたんだとかチームじゃなくて個人なのか、とか(ここらへんは映画っぽさはある。「インディペンデンス・デイ」や「インターステラー」とかも)
  • 主人公がストラットのNo2とみられるようになるところ。絶大な権力をもとにもっと組織だってやれないのか(ここらへんの国際行政の権力の舞台装置としては、三体の「壁面者」はとてもうまく描いていたと思う、その分、登場人物も増えて重くなったけれど)
  • ロッキーが音楽的な和音を話すとはいえ、コミュニケーションや翻訳がうまくできすぎなように思う。単語1000個を獲得するまで端折られすぎでは。単語が人類と対応しすぎでは(しかし、普通に読んでいると気にならないような描き方はさすが)
  • ロッキーが40年以上漂流していたとはいえ、人類とエリディアンがたまたまタウ星系を訪れるタイミングが被って邂逅できたのが奇跡過ぎる
  • 主人公の操船や航路計算とかすごすぎるんだけれどさらっと表現されすぎでは(まあ、計算が続くと読者もうんざりするか・・・)
  • ロッキーのエンジニアリング力や材料、宇宙品質の鎖の用意とか燃料の再充填とかすごすぎでは。無から有をつくりすぎ?(23人の大所帯での移動のためたくさん機材があったという背景はあるにせよ)

と、気になるところはあって各マイナス10点として合計マイナス60点かになったとしても、だからこその強力な物語展開ができてそれによって1億点とかあるので帳消しになっている。キセノタイトや計算力はあるにせよ、地球人と文明レベルは大きく変わらない異星人と人間が協力して危機を乗り越えて文明を救うのはアツすぎる。

「火星の人」のときと比べて、もちろん見る人によってはこの作品も気になるところはいろいろあるだろうけれど、リアリティのラインを下げていて、だからこそのSF的危機とその対応を描くことができている。

物語設定の妙として、危機の源でもあり、奇跡的な推進剤になるアストロファージがまずあげられるけれど、これがあることで汎用コンピュータを作りこんでいない文明でも外宇宙に出られるということがおもしろい。これは、現代人には信じがたくともアポロ計画の時代を考えるとありえるようにも思えてしまう。そしてそして、同じく相対性理論を発見しなくても、惑星系の外(恒星の重力の及ばない遠い距離)まで出られるというのもなるほどという感じだし、これによって過剰だった燃料や設備の余剰が危機を救うことになったというのもいい。

知性と進化

また、物語設定の中でこれまで自分が読んできた(出版数と比べるときわめてわずかな)SFと比べて類をみないと思ったのは、人類や地球の生命体も宇宙由来だとするパンスペルミア説と宇宙に出る知的生命体のレベルについての示唆。

なぜエリディアンと人間とで、可聴域に重なりがあるのかということの説明として、捕食者から逃げるために物理音を聞けるものが進化によって選抜されたからというものはわかりやすい。そして、思考の速度は重力に影響するというのも興味深い。これは、脅威や獲物を認識して行動できるレベルであれば生存することができて、それは重力がベースになると説明されている。

さらに、作中で暗黙的に示唆されているように感じたのは、こういう進化によって出現し、生存を続けてきた知的生命体には利他の考えがあってもおかしくないということ。さらに踏み込むと、好奇心やそれによる他の知的生命体への友好的な姿勢も(人間のように)ありえる(もちろん、必ずあるわけではない)。

これは、進化ゲーム理論での、複数回実施される囚人のジレンマ状況において、さまざまな戦略が生み出されていった中で、しっぺ返し戦略や、主人と奴隷戦略が生き残ってきたのと似ているようにも思う(さまざまな議論があるけれど)。

これまで、ファーストコンタクトものでまったく進化の経路が違う異星人が人間と同じような考え方をしていたり、あっさりコミュニケーションがとれてしまう作品について、ご都合主義だなあ、もっと異質さが必要なのでは、と感じていたけれど、一周まわってこれがある程度正しいのかもしれないと思えた。つまり、宇宙に進出できる科学と技術をもった知的生命体は、進化の過程である程度、似たような思考速度や好奇心を持ちえるように収斂進化することは奇跡的なことではない。 もちろん、作中でロッキーが指摘しているように、宇宙船をつくれるほど知的レベルが高く、独力では恒星に関する問題を解決できないレベルでは、という条件もあるので、より高次な知性がいることとは矛盾しない。

そして、これらの利他の心や好奇心があることで異星人感でも友人関係が成立しうる。

これは、「三体」での、宇宙社会学の公理、

  1. 文明は生き残ることを最優先とする。
  2. 文明は成長し拡大するが、宇宙の総質量は一定である。

から導かれた黒暗森林理論と同じくらい衝撃だった。

本作で描かれたファーストコンタクトは、お互いに一個体のみであったことから、集団の疑心暗鬼がすっとばされたというのも巧み。 (エリディアンと人類も、こういう出会いを経ずに技術を発達させてお互いを認知したら、それぞれ好奇心や利他の心をもっていたとしてもゲーム理論的な状況の均衡として黒暗森林攻撃を選んでいたかもしれない)

dai.hateblo.jp

読みながら連想した他作品

本作に近いものはこれまでにあっただろうか。 太陽のエネルギーが奪われることでもたらされる地球の寒冷化を食い止めるためのプロジェクト、という点では野尻抱介*2の「太陽の簒奪者」も連想した。 本書との違いは、人類は地球にいて、そこでのさまざまな駆け引きがあることや、女性科学者の*3人生を描くところやファーストコンタクトの緊張状況を描いているのが醍醐味。知性の描き方もおもしろい。こちらもファーストコンタクト&宇宙SFとして大傑作なのでみんな読みましょう。

あと、(ほぼ)単身で技術的な問題を解決していくというのは、アーサー・C・クラークの「渇きの海」を連想した。これは月面でのある事件を技術的に解決していく話で、人類から見るとミクロではあるけれど、個人の生存のための危機感とは近いかも。

ハードよりなSFで異文明と協調するものとしては「天冥の標」もあったけれどこれは協力といえるかは疑問だし、どちらかの居住していた惑星で邂逅するとどうしても協力にはならないよなあ。やはり、第三の場所で出会うという設定が巧妙すぎる・・・。

あまり本筋と関係ないけれどよかった言葉を引用

状況は致命的で切迫しているが、一方でそれが標準になってしまってもいたのだ。第二次世界大戦中、ロンドン大空襲下のロンドン市民は、たまに建物が吹き飛ぶこともあるとわかったうえで、ふつうの暮らしをしていた。どんなに絶望的な状況だろうと、誰かが牛乳を配達しなければならない。そしてもし夜のうちにミセス・マクリーディの家が吹き飛んでいたら、配達リストから消すだけだ。

これはある・・・。

「ええ」ハッチがいった。「〇・九三c(cは光速を表す記号) の巡航速度に達するまで五〇〇Gで加速してね。地球にもどるのに一二年以上かかるけど、最終的にそいつらが経験するのはたった二〇カ月で。神を信じます? 個人的な質問だってことはわかってるけど。ぼくは信じてるんですよ。で、〝彼〟は相対論をすごいものにしてくれたと思ってるんです。そう思いませんか? 速く進めば進むほど、経験する時間が少なくなる。まるで〝彼〟がぼくらに宇宙を探検しろといってるみたいじゃないですか、ねえ?」  彼がふっと口をつぐんで、ぼくを見つめた。

ハッチはいいキャラしているんだけれど、この使命感ともいえる考えはほんとよい。

ローマ帝国ですら例外ではないわ。皇帝のことやローマ軍のこと、各地を征服したことはみんな知っている。でもローマ人がほんとうに発明したのは、農地と食料や水の輸送手段を確保する非常に効率的なシステムだったのよ」  彼女は部屋の奥へ歩いていった。「産業革命は農業を機械化した。そしてそれ以来、わたしたちはほかのことにエネルギーを注げるようになった。でもそれは過去二〇〇年間のことよ。それ以前は、ほとんどの人が人生の大半をみずからの手で食料をつくる作業に費やしていた。

そうなんだよね。人類はいまだに食に支配されている。 そして、アストロファージに頼ることができないわれわれは気候変動・地球温暖化にどう立ち向かっていくべきだろうか。ちょっとした気候の変化が数年続けばあっというまに飢饉に陥って、200年前に戻ってもおかしくない。本作では、寒冷化に対処するために南極で核爆発をおこして氷のなかの温室効果ガスをどかどか出すとかしていたけれど、それの逆のような特効薬はあるだろうか(核融合発電くらい?)。生活していけば輩出され続けて地球を温め続ける温暖化、現実は、SF作品よりもハードにSF的状況を生み出しているかもしれない。

*1:映画の邦題は「オデッセイ」

*2:なぜか著者を紹介するときには敬称をつけにくい・・・すみません

*3:ここで、「女性」とつける必要があるかは議論の余地があるけれど、まだSFでは稀な気もするので本記事を読む人の気を引くためにつけています。ご容赦を!10年後には不要になると思う。そういう意味では、原型を前世紀に書いていた野尻先生すごい

育児の便利グッズとあまり活躍しなかったグッズ(出生~2歳)

このところ周囲で出産や妊娠報告が続いている。めでたい。出産祝いになにがいいだろうと、1人の子どもをわずか1年10ヵ月育てた狭い経験を振り返ってみて、使ってよかったものや期待通りに使えなかったものを思い出しながら書いてみる。とりあえず、買ってよかったもの、もっと早く買えばよかったもの、買わなくてよかったな、という3分類にしています。オムツなどの必須だろうというものや保育園からもってきてね、と指示のあるものは除外しています。

あと、当然ながら、うちでの事例でしかないので別の環境だともっと活躍するものや活躍しないものもあるはず。 思いついた順に書いていて順不同です。リンクにはアフィリエイトもあるので気にする方は別途お調べください(収益は子のオムツ代になります)。

1歳4か月児とライフタッチノート

◆あって便利だったもの

トラベルシステムのベビーカー(おもに1週目から10か月ごろ?)

ベビーカーでもありつつ、座面を外して車のチャイルドシートになるという便利グッズ。 出産時の病院から帰るときから便利に使っている。最近は頻度は減っているけれど、ベビーカーとしては2歳手前の今も使えている。

特に新生児で首が座っていないころは抱っこして屋外の階段を運ぶのが怖かったけれど(エレベータのない団地に住んでいるので)、これにいれて運ぶと安全感があってよかった。

妻がどこかで知って気に入って、製造停止だったからか探してメルカリで買った。 メルカリでは隣の県にお住いの方から購入して、コロナ初期におっかなびっくり受け取りにいったんだけれど、とても感じの良いご夫婦と、聡明そうな5-6歳?の女の子で嬉しい気持ちになったのだった。

こんなやつ

www.kasite.net

ちなみにチャイルドシートとしては小さいので1歳になる前に新しいものを買っています(車好きの妻がレカロのものを選んだけれど、特筆するほどではないので取り上げない)。

ベビーモニタ KX-HC705(2か月から1歳2か月ごろ)

panasonicの9,000円くらいのベビーモニタ。 子どもを寝室に寝かせている間に居間で様子をみることができて安心に暮らすことができた。 うちでは1-2ヵ月目くらいから親とは別の部屋に寝かせることにしたんだけれど、これによって子も親もそれぞれ睡眠が妨げられずにとてもよかったと思う。

ただ、1年ちょっとでmicroUSBの充電口が死んで使えなくなった。ネットで調べると同じ声も多数ありちょっと弱いつくりだった様子。 いまはペット向けにリブランディングしてがんばっているっぽいので調べてみてください。

ベビーモニタについては友人のこのブログで知ったのだけれど、この製品はもう取り扱いされていなかった。

yulily100.hatenablog.jp

ガーゼのベビースリーパー(2か月~1歳)

当然だけれど、赤子は自分で布団をかけられないし、口にあたって呼吸を妨げられても自分で払いのけることができないので、布団をなかなか使えなかった。なんとか部屋を適温にしつつも、おなかが冷えないように使ってみて便利だったと思う。

もともと妻の妹から教えてもらって便利ですごい!と言っていたら妻の妹から出産祝いでいただいた。

抱っこ紐(3か月-1歳2か月ごろ)

妻の友人からエルゴベビーといういいやつをもらった。値段を調べてびっくりしたけれどつくりがしっかりしているしほんと楽。妻は使わず自分しか使っていなかったけれど、自転車に乗せられるようになるまえや雨の日の保育園送迎でお世話になった。

ひとりでおくと不機嫌な時期はだっこした状態で立ちながら読書する場面もあった。 ただ、だっこだと危なくて家事はしにくいので、もしかするとおんぶ紐があるとはかどるかもしれませんが未検証。

耳に当てる体温計(8か月から今も)

友人の安藤氏から出産祝いでいただいたカタログギフト中にあったもの。耳にいれてボタンを押すとぴっと測ることができる。 保育園の連絡帳には毎朝体温を書く必要があるのでシュっと測れて便利。脇に挟むものと比べると精度は悪い気がするけれど、まあ発熱しているときは気付けるので問題なし。

ひらがなを組み合わせるはんこ

保育園に持っていくオムツには名前を書いておく必要があるんだけれどとても手書きできない。ひらがなの組合せでつくれるものとスタンプ台を買って押している。 子の名前でシャチハタもつくったんだけれどオムツにはうまくつかなかったのでシンプルなこのはんこのみが活躍している。

ベビーサークル

タンスのゲンのやつ。とりあえずこの中に入れておくと危ないところに行かなくて安心。ごはんをつくるときとか親がトイレやお風呂にいれておくときにつかっている。しかし1歳2か月ごろに押して動かせるようになって1歳9か月で乗り越えられるようになって1歳10か月の最近は使っていない。押して動かせるようになってから家具の滑り止めを引いて一時期は平穏が訪れたけれど、いつのまにかおもちゃにされてしまっていた。

妻の実家にも同じものが導入されていて泊まりにいくときにはリビングのはじに設置されたこのベビーサークルに布団をひいて子と自分が並んで寝ていた。 幅160cmほどで、対角線は220㎝ほどあるのでたいていの大人も眠れると思う。

リッチェルの製氷皿みたいな離乳食入れ(6か月ごろから1歳半ごろ)

週末にまとめてつくって冷凍して、夜、保育園に迎えにいって帰ってきたときにひとブロック取り出してレンジで温めるだけで離乳食をつかえる。 週末なんかにまとめてつくっておくと保育園から帰って、子をお風呂に入れてから15分くらいで離乳食を用意できて便利だった。

レトルトベビーフード

いろんなメーカーのものにお世話になりました。旅行時や妻の実家にいったときなどにも便利。

冷凍食品

国産のたまねぎにんじんのみじんぎりとか、サイコロ状の豆腐とか。 器に入れて水をいれてレンジにかけるだけでスープができて便利。最高。

とろみちゃん

ふりかけタイプの片栗粉。水に溶かす必要がなくあらゆるものにとろみをつけられる。とろみ最高でいろんなものにとろみをつけている。

バナナ

保育園に通いだしてから1年ほどの朝ごはんはもっぱらこれだった・・・。楽。これで良かったの感はずっとある・・・。

キューブタイプのミルク

測るのが不要で素早くミルクをつくることができる。便利。遠出する際もお湯だけあればつくれるのでコンパクトで衛生的。 1歳以降はフォローアップミルクというやつになったけれど、1歳7か月ごろからいやがるようになってきたのでちょっと余っている・・・。

電気ポット

かつてはずっとお湯をキープしていることが電気代的にもったいないように感じていたけれど、ほんと便利。 生まれてすぐのころ、夜中にミルクをつくらないといけないときはお湯を沸かすのも待てなかったと思うし助かった。 上位機種は、ボタンを押してだした水の量を教えてくれるので便利。

ミルク用がメインだったので80度でキープしているのと、ちょっとした食器の消毒なんかにもつかっていた。1歳9か月ごろからは電源を抜いて使っていない。

スキレット(鉄の小さなフライパン)

これは、もともと持っていたやつだけれど、ほんと便利。 離乳食づくりに電子レンジと並んで活躍した。 野菜をただ焼いたり、溶き卵に野菜をいれて焼くだけで子がもりもり食べるご飯がつくれる。

記事も書いていました。

tsukurioki.hatenablog.com

リッチェルの風呂用いす

お風呂にいれるときにこれに寝かせて身体を洗うのに使っていた。 つかまり立ちできるようになるまでこれがないとたいへんだったと思う。最初は洗面台で洗うためのなんかへんなやつを使っていたけれど新生児のころからこれでよかったと思う。

うちでは、帰宅したら即身体を洗わないといけないというルールが妻の信念により定められている。平日2日と週末は自分がお風呂にいれていたけれど、平日3日は自分が出社していたため妻が1人でいれることがルーティーンとなっていて、この一人でお風呂にいれるのが妻にとって一番負担が高かった様子。この負荷を一段階下げることができたかな。

軽いので取り回しもしやすい。 うちの換気のわるいお風呂においていたら半年くらいで隙間にカビが生えたりもしたけれど、それをさっぴいでもたいへん便利。 妻的には、期待していなかったけれど活躍したものナンバーワン。

自分がどなたかの育児ブログで知って買った気がするけれど失念。感謝。

スイマーバ(4か月目から10か月目くらいだったか?)

うちでは、なんとなしにお風呂は寒いときしか沸かさなかったんだけれど、そのときに使っていた。 死亡事故もあるので要注意だけれど、(シャワーとしているときでも)目を離さなければすぐに拾えるし安全だと思う。 なにより、はいはいできるまえの時期でもお風呂につけると手足を動かして不思議そうにしたり、後半は泳ぐような動き方をしたりと身体をよくつかっていてよかった。

かつて未踏ユースでご縁のあったkumagiさんのブログきっかけで購入した。

kumagi.hatenablog.com

Bumboのイス

Bumboのイスをダイニングチェアの上に固定して1歳8か月ごろまでつかっていた。 ベルトもあって便利。なんか隙間にゴミがたまりやすいけれど、これがあったことで一人でご飯を食べられるようになったし、一瞬目を離すこともできてご飯の支度もできた気がする。

◆もっと早く買っておくべきだったもの

歩けるようになったら買うでいいか、と思っていたけれど、つかまり歩きができるようになりかけたときにあるとよかったと思う。 というのは、なかなかつかまり歩きから先に行かないなあ、と思っていた頃に買って外で履かせたら自分でもりもりつかまり歩きしだして合わせて歩行も上達したから。

積み木

シンプルだけれどいろいろ遊べるなおもちゃをもうちょっと早く買えばよかったと思った(いつ頃思ったかは失念)。 ガラガラとかちょっと音が出る単純なおもちゃの次、ちょっとむずかしいおもちゃに行きすぎていたと反省。

◆うちではいらなかったかもなあというもの

鼻水吸い取り機

自分や妹弟がはなたれだったのと、うちの子より1歳半上の従姉がつかっていて便利そうでいい道具ありますね、と言っていたら出産祝いにもらった。でもあまり使っていない。鼻水ずびっとなることもあるけれど吸い取り機はいやがるしティッシュで拭うでいいか、となっているし、実際鼻水が出て困ってから入手するでよかったと思う。

80サイズ以上のロンパース

ロンパースとは自分の理解では股下もボタンが留められる服。生まれてすぐのころは動いてもおなかがめくれないからおなか冷え防止によいかな、と思って安売りしていたときとかに80サイズ以上のロンパースも買ってしまったれど、1歳2か月以上くらいからは使わなくてもいい。オムツ替え時も邪魔になっているし保育園でも非推奨のようで余っている。

というか8か月ごろからは普通のTシャツとズボンでいい気もするので、ロンパースは最初期だけでいいと思って服をそろえるとよいかもしれない。

折り畳みミニベビーベッド

上述のとおり、ベビーベッドは寝室においていたのでリビングにいるときに使うものとして折り畳みのやつも追加で買っていた。 けれど、どうせベビーサークルが必要になったのでそれ+布団で十分だったような気もする。でも最初はしゃがまずに様子をみることができるのは便利だったかも?

ミルクウォーマー

最初期、夜中にミルクを欲しがったときにすぐ提供できるようお湯で粉ミルクをつくって冷蔵庫でおいてから必要なときに温めると便利とおもって使っていたけれど、お湯で粉ミルクをとかしてから水で薄めればすべて解決することがわかって使っていない。

オムツ替え台

しゃがまずにオムツを替えることができるし、なにかとかさばる赤ちゃん用品を収納できて便利、ではあるんだけれど、なかなか場所をとる。ちょっと悩ましい・・・。

オムツゴミ箱

なんか蓋が二重になっているそれ用のゴミ箱。ちょっと邪魔だったし、扉も割れてしまった。 尿はそんなににおわないし便は1日1-2度だしそれだけ空き袋に縛って捨てるでいいし無印の蓋つきバケツとかで十分だった気もする。

ミルクスクリーン

母乳にアルコールが入っていないかチェックするやつ。未開封。うちはわりと初期から混合だったので、タイミングをみて妻は飲酒できていました(血中アルコール濃度について論文読んで調べていた)。

フード付きの服

つい西松屋のセールで買ってしまっていたけれど、よくよく考えると危ないので不要。そもそも保育園では禁止だった。 ほかにも買ったけれど使えていないものはいろいろありそうな気がする。

大量のおしりふき

なんか出先のベビーザらスで安くて箱買いしたんだけれど、多すぎだったと思う・・・。 1歳ちょっとくらいから便も固くなってきて、おしりふきも2-3枚できれいになるようになった。

120mlとか小さいガラスの哺乳瓶

最初は小さいほうがとりまわしもよくて便利なんだけれどたくさん飲むようになると200ml入るものが必要になる。大は小を兼ねることもある。 さらにいえば、ガラスのものではなくポリプロピレンのものでいい気がする。 ガラスは水につけてミルクを冷ましやすいメリットはあると思ってやっていたけれど、割れるから持ち出しにくいし重いから子どもにも持たせにくい。ポリなら軽いので子にも持たせられるし持ち出しも気楽。上述のお湯で溶かしてから水で薄める方法をとるとすぐ適温にできるので冷ます必要もない。

◆感想

まだまだ育児も序の口だけれど、1歳の後半になってダメというと行動を止めたり、ごはんも1人で食べられるようになったりで少し落ち着いてきたかもしれない。 振り返ってみると多くの人やたくさんのものに助けられてきたし、いろんな助けもあって、なんとか不器用な夫婦でもフルタイム共働きでやってこれたようには思う。 この記事ではとりあげていないけれど、食洗器や冷蔵庫や Fire TV (のYoutubeアプリ)でみせたテレ東のしなプシュとかいろんなものに助けられた。

それでもそれでも、育児はたいへんだった。初期の夜中もミルクをやったりするころや、一仕事だった入浴や、ミルクやおむつの買い出し、保育園への送り迎え、急な体調不良での呼び出し、家でもできる限りのものを触ろうとしたり口に入れようとしたりと目が離せない。保育園は偉大。

自分たちは職場の理解があったり、保育園も第2希望のところにいれることができたり、子も夜はまあまあ寝てくれたり体は健康よりだったり、高齢&持病があったとはいえ義母にちょっとみてもらう切り札があったりでいろいろ恵まれてはいたけれど、そうじゃない方々まじでたいへんだと思う。 働かないと食っていけないし、働きながら子の面倒をみて家を回すのは過酷。今後も健康に生活していくための便利グッズや工夫情報を募集しています。

「ヤバい選挙」で学ぶ制度設計の難しさ

日本のさまざまな選挙トラブルが紹介されていて楽しく笑顔で読める本でした。 ひとつの選挙に200人以上も出た村長選、架空転入、議員が書類送検/辞職し議員0になった自治体、選挙で稼いでいた泡沫候補者の話などなど。

id:wuzuki さんが紹介していて手に取ったんだけれど軽く読めてさまざまなおもしろ事例を知れるとともに、制度設計の難しさに気付ける良書。

www.wuzuki.com

タイトルはスティーヴン・レヴィットらの「ヤバい経済学」(原題はFreakonomics)を意識していて、似たようなタイトルの本も多いけれど、日本の選挙にしぼった本書は「ヤバい」にふさわしい。 ヤバい経済学も、経済学とは題しつつ統計によって世の中の異常なことを明らかにしていておもしろかったけれど、本書では選挙という制度の例外的な問題を明らかにしている。

選挙は、(間接)民主主義の社会を運用するための重要な制度だけれど、その分、ルールも複雑になっている。 その隙間をつくハックが行われたり、それの対処もなされていて、ルールづくりの難しさと、モラルに反する行動をする行動をする人間のせいでルールが厳しくなって社会全体の不利益にもなっていることを感じる。 例えば、日本では立候補するために必要な供託金が諸外国と比べて高いという指摘はあるけれど、それにも背景になるような悪用があった。

なにかルールをつくる人は、どう悪用されるかとか、例外をどう考慮するかなど考える事例としてもおもしろいかもしれない(そういう制度ハック/クラックをまとめた本があったら知りたい)。

日本各地で滞りなく選挙が行われていることに感謝しつつも、議員が既得権益になっている状況など課題を感じる。多数決や意思決定についてはりろんな理論の蓄積があるけれど、実際の選挙への応用にはハードルがまだまだありそう*1有権者に占める高齢者の割合がますます増える令和の時代、どうなっていくでしょうか・・・

あとあと、著者ははてなブログ出身とのこと。すごい。さまざまなインディーズ候補をとりあげています。令和の時代になってもまだまだ選挙トラブルは絶えませんね・・・。

actin.hatenablog.com

*1:大学でここらへんのいい本を輪読したんだけれど、本を検索しても見つからず、気の利いたことも書けない・・・

空前絶後の傑作SF「三体」3部作を読んだ。

劉慈欣先生ありがとうございます。太谢谢你了。翻訳者のみなさまありがとうございます。 三体を生んだ文化、読める文化、これまでの人生すべてに感謝。

※ 本記事では、前半にはネタバレはありません。後半、空白で区切ってネタバレ感想を書いているのでご注意ください(追記)

もうすごすぎる。
2019年ごろに噂を聞いて紙で1巻を買って、文化大革命からはじまるところに面食らって、魅力的なキャラクターやVRや突飛なガジェットがおもしろいな、と思いつつも2巻以降は手に取らずに、1巻を当時中学生だった末弟に譲っていたきりだったんだけれど、この年末年始に帰省したところ、三体IIIまでそろっていて2歳下の弟と高校生になった弟が三体の話で盛り上がって絶賛していたのでkindleでポチって、かなりの勢いで読んでしまった。

この感動を多くの人に味わってほしい。ある種のファーストコンタクトもので異星人との争いが主なテーマだけれど、II、IIIとスケールが大きくなっていってとてもネタバレなしに説明できない。

ちょっと前に、NHKで再放送されたプラネテスのアニメに関連してTwitterで荒れていた元JAXAの人こと野田篤司さんの2013年のブログでSFについて書かれていたんですが、この条件にかなり近いと思うので、少し長いですが引用します。

SF: マツドサイエンティスト・研究日誌

以前は、私自身無名だったので、誰が要望しても、どんな内容であっても、SFの科学・技術考証を引き受けていた。しかし、手伝った作品が星雲賞受けたのも幾つかあるように、それなりに実績ができたので、選り好みをさせてもらう。
今後は、次の事項に該当するSF小説・漫画・アニメの科学・技術考証なら引き受けよう。

・主人公は、主体的に人類は自らの意思で、自ら生み出した科学・技術で宇宙へ乗り出す。
 できれば、太陽系外・恒星の世界へ
・テーマは、純粋な科学・技術への挑戦
 良い例:「重力の使命」「龍の卵」「マッカンドルー航宙記(除く終盤)」
・人間ドラマは入れない。
 ・未熟な主人公が単純なミスをしたり、引きこもったりしない。
 ・権力争い、訴訟、裁判、特許などの紛争を入れない。
 ・政治、予算獲得など入れない。
 ・妬み嫉妬や恋愛感情を入れない。
  (多少のラブコメは良いか・・)
・必要な科学理論・技術は人類自身が創りだす
・人類に超技術を教えるような宇宙人は出ない。
 ・対等の宇宙人とのファーストコンタクトは可
・魔物も出ない。
宇宙戦争は起きない。独立戦争もしない。宇宙海賊も出ない。
・人類は滅びない。太陽系の危機も起きない
 主人公は追い立てられて宇宙へ出るのではない。
・減点方式でリアリティを語らない。
 ・「どうせ無理。できるわけない」は NG。
 ・ハードSFであっても、少なくとも一つの「嘘」を許す。
・科学技術を肯定的に語る。
 ・陰々滅滅にならない。

以上、言ってみれば、当たり前のSFだろ?
でも、今、こんなSF無いんだぜ。

どうでしょう。これをかなり満たしている小説、気になりませんか。 それに加えて、魅力的なキャラクターたちや異常な状況のカタルシスがすさまじいです。

これだけスケールの大きいSF、ほかにはなにがあるだろうと考えてみると、自分の浅い読書経験では、小川一水さんの、「天冥の標」(全17冊!)や「導きの星」を連想した。これらも間違いなく傑作なんだけれど、問題の巻もあって全17冊は人には勧めにくいんですよね・・・。読んだ人ならこの気持ちはわかると思います。

あとは、鯨を主人公とするところからはじまりつつ、すさまじいインフレを鮮やかに描く天野邊さんの傑作SF「プシスファイラ」が比肩しうるとは思う。こちらはもっと評価されるべきSFナンバーワンなのでみんな読んでください。三体III好きだった人はたぶん好きだと思う。

書評書きました。

dai.hateblo.jp

というわけでみんな読んでください。そんで感想を教えてください。 以下ネタバレ感想と印象深かったフレーズ抜粋を共有しておきます。 ・




















まず、三体II黒暗森林、冒頭のアリの描写がめちゃめちゃ壮大なSF映画のような情景を思わせて緊張感もあったんですが、やはり国連や全世界を舞台にした面壁者(ウォールフェイサー)4人、めちゃめちゃすごくないですか。
あらゆるコミュニケーションが智子によってつつぬけになるからこその、頭の中だけで戦略を描き、世界の巨大なリソースを公的に使える存在である面壁者を設定したというのがすごすぎる。そのなかにはアメリカの元国防長官や、政治家としても手腕を発揮したトップ脳科学者、南米のテロリストの首魁もいたりとしてその最後にいるのがわれらが羅輯(ルオ・ジー)。そして破壁人(ウォールブレーカー)という言葉の響きもよい。

1巻から通しででてきた大史(ダーシー*1)に頼って、現実逃避しつつも、ついにアイデアを思いつくところからのカタルシスもすごいし、この超法規的な存在に頼らざるを得ない状況を、智子という制約がつくったという物語がすごすぎる(もう語彙がなくてすごすぎるしか書けない)。

妻になる荘顔の登場は、ご都合主義がすぎると感じる人もいるとは思うけれど、ルオ・ジーの幼さ/自分勝手さを描くことと、かれがどう接していいか迷うところは読者にうしろめたさをも持たせていることに成功しているとは思う。「その後」をあっさりとしか描かれなかったことでほっとしました。

場面転換のための冬眠で時代をがらっと変えていく腕力とその描写、近未来の技術とそれによる人類社会の楽観的なムードもよい。 そして、水滴攻撃による破滅・・・。なぜ艦隊を全集結させたんだ・・・とは思うけれど、そのときの章北海のクーデターや、それまでのかれの敗北主義への警鐘とが恐ろしくも強い意思を感じるところ。自然選択(ナチュラルセレクション)という艦名の暗喩もぞっとする良さがある。

あと、全体の話の流れとは関係ないけれど、ルオ・ジーが物語をつくるために人物を想像していたくだりもほんとよかった。なにかはかない美しさがあった。 エピローグの平和の描写も穏やかでよかったんだけれど、三体IIIではどうしてあんなことに・・・(ただ、彼女らが描かれてしまったら後味は悪かったとは思う)。

小ネタ的には、冬眠直前に、ルオ・ジーの遺伝子に反応して強毒化するウイルスメタルギアソリッドのターゲットウイルス、FOXDIE(フォックスダイ)を連想しました。みんなしますよね。

よかったセリフ

天文学は、ドリルの刃を受けつけない鉄の板みたいなもので、穴を開ける場所が見つからない。それにくらべたら、社会学なんか、木の板みたいなもんです。ちょっと薄くなっているところを見つけて穴を開けたら、割とかんたんに紛れ込める

さりげない社会学dis。しかし、社会学がこれほど機能したSFはあっただろうか(まあ、実際には宇宙社会学ゲーム理論的ですが。ゲーム理論と言えば、アシモフファウンデーションとかもかな(未読)

「文学が人物を描く過程には、最高の状態がある。その状態になると、作中人物は作家の思考の中で生命を得て、作家は彼らをコントロールできなくなる。しまいには彼らの次の行動が予測不能になる。作家はただ、好奇心にかられて彼らのあとをついていき、彼らの生活の細部を覗き魔みたいに観察して記録する。それが名作になるのよ」 「文学っていうのは、変態じみた行為だったんだね」

これによる生活崩壊ぶりもすごい

「いいえ、違います。大部分の人間の恋愛対象も、想像の中に存在しているだけです。彼らが愛しているのは現実の彼・彼女ではなく、想像の中の彼・彼女に過ぎません。現実の彼・彼女は、彼らが夢の恋人をつくりだすために利用した鋳型でしかない。遅かれ早かれ、夢の恋人と鋳型の違いに気づかされます。もしもこの違いに適応できれば、ふたりはともに歩むことになるでしょうし、適応できなければ別れる。そういう単純な話なんです。あなたが大多数の人々と違っているとしたら、あなたには鋳型が必要ないという点ですね」

これはわりと恋愛について核心をついている気もする。

そして三体III死神永生はますますすさまじい。 時代が三体危機発生直後に戻って混乱したけれど、冬眠で時代を飛んでいく描写と、文明の成熟、三体人による支配の苛烈さなどもいいんだけれど、なによりなによりSF描写がすごい。 まず、いまの人類が真理だと考えている物理法則「光速は一定である」というのは現在の法則であって、もともと10次元から始まった宇宙ではもっと速かったものの、物理法則を書き換える手段もとられた星間戦争によって低次元化と光速の低速化を繰り返した結果だという発想が異常すぎる。

程心の上司であるウェイドの襲撃がそれまでとそのあとの周到さを考えると杜撰に感じたけれど、それだけ執剣者(ソードホルダー)のタイミングが限られていたと考えると仕方ないか。ヴァヴィロフやPIAメンバーも魅力的でした。

マシーナリーとも子さんらによる書評会ではIIはBLでIIIは百合だと喝破しておられるのも慧眼。 『三体』三部作が完結したのでマシーナリーとも子と「三体面白かったよね会」をやりました:マシーナリーともコラムSPECIAL(1/2 ページ) - ねとらぼ

全体としては、すさまじいの一言で全然瑕疵ではないんだけれどいくつか気になったことをメモ。答えに気付いた方教えてください。 まず、冒頭の、落日のコンスタンティノープルはなんだったんだろう。魔法とは4次元を意味している? そして終盤の、双対箔、なんとか回避できないかと思ったけれど不可避でしたね・・・。この「種」の文明はなにを目指していたんだろう。あと<万有引力>が、広大な宇宙空間の中で四次元にコンタクトできたことはなにか必然性はあったんだろうか。智子のブラインドゾーンとあわせてここはすこし強引すぎた気もする。最後のデスラインと関一帆もんだったんだ感はあるが、勢いがあるので問題はない。

いくつか印象に残った節を引用

「生命なんか、この惑星の表面にへばりついている、もろくて柔らかな薄皮でしかないと思ってる?」 「違うの?」 「正しいよ、時間の力を計算に入れなければね。米粒サイズの土くれを倦まずたゆまず運びつづける蟻のコロニーに、十億年の時間を与えたら、泰山をまるごと動かすこともできる。じゅうぶんな時間を与えるだけで、生命は岩石や金属よりも強固になるし、ハリケーンや火山よりも強力になる」

しかしその散逸構造ともいえる秩序のもろさも感じるけれども。

「すべての村は消え失せ  すべてのタイアハは折られた。  わたしたちはここで、  飲み、食べ、花を愛でた。  だがおまえたちは、ただ石を撒いた」  フレスが吹くディジュリドゥと同じように、この詩は程心の心に響いた。 「二〇世紀のアボリジニ詩人、ジャック・デイヴィスの詩だよ」  

寂しい怒りの詩。

「生きているだけですでに、ものすごく幸運なのよ。これまでの地球がそうだった。いま、この残酷な宇宙では、昔からずっと、生きているだけで幸運だったの。でも、いつからか、人類は幻想を抱くようになった。自分たちには生きる資格があり、生きていることは空気のように当たり前のものなんだという幻想をね。それが、みなさんの失敗した根本的な理由。進化の旗が、いままたこの世界に掲げられ、みなさんはこれから生存のために戦うことになります。ここにいるみなさん全員が、最後に残る五千万人に含まれることを祈ってるわ。みなさんが食べものを食べることも祈っています。食べものに食べられるのではなく。」

これは作中でも、現実にも痛烈。ほんと、いま人権・自由を当然のものとして生活してしまっているけれど、薄氷の上でなりたっているような感覚もある。

関一帆「でも、それになんの意味があった? 彼らも、土地も、あとかたもなく消えてしまった。大宇宙では、あれから数億年が過ぎ去った。だれか、彼らのことを覚えていると思うかい? 土地と故郷に対するこの執着、もう子どもじゃないのに故郷を離れたがらない永遠の思春期──きみたち地球人類が滅亡した根本的な原因はこれなんじゃないかな。気を悪くしたら申し訳ないけど、これがぼくの本音だよ」

はい。読んだ後なんだか呆然としてしまっている。これを書いたのも、読んでから1か月たってからだった。 またSFを読んでいこうと思うけれど、これまでと同じ気持ちで向き合えないような気もする・・

*1:高慢と偏見のイメージがある・・・

「エネルギーをめぐる旅」、人類の未来を左右するエネルギー問題を考える

古舘恒介さんの「エネルギーをめぐる旅――文明の歴史と私たちの未来」を読みました。 SDGsが定められる以前から石油の残存量は人類の未来を大きく制約するものとして立ちはだかっており、原子力発電や再生可能エネルギーなどさまざまな取り組みがなされてきましたが、それらの問題について人類史とエネルギーの原理をもとに整理してくれる良作です。

著者は1994年に日本石油に入社して、現在JX石油開発株式会社の技術管理部長ということでアカデミアの人間ではないというのも興味深いところ。産業にいる人間がどういうプロセスで、こういう射程の広い本を書いたのか気になりました。

まず本書では人類が経験してきたエネルギー革命として、火・農耕・蒸気機関・発電・窒素固定の5つをあげています。どういうふうに取り上げられるのだろうと思ってた原子力発電は熱源の違いという意味で蒸気機関・発電のいちバリエーションという位置づけでした(後半、未来のエネルギー源の候補を検討する際には、現状の核分裂反応による原子力発電には否定的です)。

自分の特に関心のある農業に絡むところがいくつかあるのでそこについて気になったことについて取り上げます。

まず、第一のエネルギー革命、火について。この火による調理によって消化の効率が上がったことで体格に比して胃腸が小さくてすむようになって脳にエネルギーを割けるようになりました。例えばジャガイモや卵は加熱調理することで消化吸収できるカロリーが倍近くにまで増えます。これによって脳を使った活動が広がったということを最初の革命としています。

この考察で著者は、人の脳はより多くのエネルギーを得て賢くなりたいと望むものなのでは、と踏み込み、さらに、文明社会もエネルギーの消費量を増やしていくことで発展していくものとして似ているもので、エネルギー問題の根本は人間のあり方と不可分と考えています。

また、「地球上で普段我々が目にする火とは、その多くが私たち生物の成れの果ての姿」という視点も新鮮でした。

次の革命は農耕。これを「その地に自生している植物を追い出して、その土地に注ぐ太陽エネルギーを人類が占有するということ」と喝破し、農耕生活がもたらした闇として、土地をめぐる争いとしての戦争と、その敗者をつかう奴隷制をあげています。

そして、その間、森林資源が文明の興亡と関わっていることも。再生不可能なところまで森林を伐採し土壌環境を永久に変化させてしまう過ちは、古代メソポタミア文明古代ギリシア文明に限らず世界各地の文明で繰り返され、多くの古代文明が衰退する大きな要因となっています。最古の物語のひとつ、ギルガメシュ叙事詩での森を守るフンババ退治のあとのレバノン杉の伐採によって神の怒りにふれて飢餓が訪れたというのは、古代でも森林の大切さを感じていたこと、それでも止められなかったことに気付かされます。

また、ここで興味深いのは、森林資源の確保が大きな軍船をつくること、つまり軍事力と密接に関係していたこと。

そして時代はとんで産業革命(このあいだの蒸気機関の発明史も興味深いけれど省略)。おもしろかったのは産業革命以前のイギリスでは貴族である地主層が権力を握っており、その利益を守るために穀物の輸入を制限することで価格が高値にされていたこと。これに対し、もう一方の新しい富裕層である工場経営者にとっては工場労働者の賃金を低く抑えることが自らの事業利益に直結するため、食料品に代表される物価を低く抑える策につながったそう。この対立は最終的に工業経営者に軍配が上がり1846年に穀物価格を高値に維持していた穀物法が廃止され、安価な輸入品が流入するようになり、人類史上初めて工業活動が農業活動に優先するという政治判断が下されたことにより穀物はロシアをはじめとする東欧地域からの安価な輸入品が普及するようになったという。

※ これはちょうどはてなブックマークで話題になっていた、慶応の1994年の世界史の問題とも被るので紹介します。 http://history-link-bottega.com/archives/36932429.html

4つ目の革命の電気は、発電場所と利用場所を分離できることが最大の特徴。ここも科学史・産業史としてもおもしろいんだけれどさっと流して5つ目の窒素固定。これは、農業や食料問題について知っている人かどうかで印象が変わりそうな選択です。 窒素固定とはハーバー・ボッシュ法による空気中の窒素を大量のエネルギーで固定する技術。これは当時「水と石炭と空気からパンをつくる技術」と称されたもので、これを基盤の一つとする緑の革命などによって20世紀初頭には16億人に過ぎなかった世界人口は、20世紀末には60億人を越えるに至っています。

ここまでがエネルギーの発展史。 最後の窒素固定という革命について捕捉します。これによって農産物を大量に育てることができるようになり、トウモロコシを飼料とすることで、それまで出荷まで5年かかっていた肉牛は生後14-16か月で出荷されるようになっています。ただ、肉牛は1kgの肉を得るためにその11倍のトウモロコシが必要で、エネルギー収支比はそれなりに悪い。ちなみにコオロギは1kg得るためにエサは2kgでよく、全身が可食部なので効率が良いとのこと。自分はコオロギを代用食糧とするのは消費者文化と遠くてハードルが高いのでは、と否定的でしたがエネルギー収支という生産側の観点でみるとかなり優秀です。まだまだ効率化の余地はあって価格としてはペイしませんが、エネルギー源が限られてくると比重は増してくるかもしれません。

ここから本書はエネルギーとはなにかという考察に進んでいきます。さまざまな論点が出ておもしろいのですが、気になったものいくつかだけを拾ってみます。

・まず大切なのは熱力学第二法則。 中学校で学ぶ「エネルギー保存の法則」ではエネルギーは保存されるのに、世の中に永久機関はなく使ったエネルギーは戻らないようにみえる不思議への回答。これは、エネルギーには質があり人間が本当に必要なエネルギー源は低エントロピーのもので有限だということ。

・エネルギー効率はカルノーの定理から考えることができ、高温と低音の差で効率を計算することができる。 高温ほど効率が良い。火力発電は、さまざまな効率化で1600度まであげることで熱効率50%を越えている。原子力発電は、核燃料棒の被覆に使われるジルコニウムの耐熱温度の都合で280度までしかあげられず、熱効率は30%台。地熱発電はせいぜい150度の熱水なので効率はより悪いということがわかります。

→ 熱力学のカルノーの定理について、科学史上の文脈からわかりやすく解説されているので、自分が大学2回生のときの熱力学の授業を受ける前に読んでおくともっと理解が深まったはず。

・2018年末時点での可採年数は、原油天然ガスは約50年分、石炭は約130年分で現在確認されている埋蔵量は、2100年頃までにはすべてを使い切ることになる。著者の概算では、その間に大気中の二酸化炭素量は合計で300ppm以上増加するという結果が得られており、現在の大気中の二酸化炭素量は既に400ppmを超えているため足し合わせると2100年頃には700ppmを超える水準にまで二酸化炭素濃度が上昇する。

→ 80年後に使いきるということも、そうしたときに二酸化炭素濃度がとんでもないことになるということ・・・もちろん、海洋吸収などシミュレーションしきれないこともたくさんありますが、、

・気候変動問題の本質とは何か。これは、人類が謳歌している空前の繁栄が、地球が持つ利用可能な土地容量というキャパシティの限界に初めてぶつかったことからくる問題であるということ。

→ これはちょっと違和感。土地のキャパシティについてはちょっと数字がなさそう。別の個所では、エネルギー不足よりも先にくる限界というような説明もあってこちらは納得。

二酸化炭素を排出しないうえに大量の消費を継続しても実質的に枯渇の心配がないエネルギー資源を、将来の人類社会を駆動する中心的なエネルギー源に据えなければならない。その責を担うことができる可能性を秘めたものは、太陽エネルギーと原子力エネルギーのふたつ。ただし、現在実用化されている核分裂反応による原子力エネルギーを未来の社会を駆動する中心的なエネルギーに据えることは、もはや現実的とはいえない。原子力の中でも核融合発電が本命だが技術的ハードルが高く、今後数十年で実用化できるめどはたっていない。

→ うっすら思っていたころでもある。子どもの頃から未来の技術とされていた核融合発電の現状はどうなっているんだろう。

・地球には人類が使うエネルギーの1万倍を超える規模のエネルギーが太陽から降り注いでいるが、この太陽光の利用もハードルがある。一見理想的に思えるが、太陽エネルギー由来の発電方法は、単位面積あたりの発電量が小さく、火力や原子力よりも広い土地と多くの資材を必要とする。この土地の占有ならびに将来的な廃棄物の増加の点で環境に少なからぬ影響を与えてしまう。

・仮に日本の一次エネルギー供給量をすべて太陽光発電によって賄うと仮定した場合、季節差と昼夜も考慮した太陽光の平均強度を平米あたり150ワット、太陽光パネルによる電力へのエネルギー変換効率を20%と仮定すると、日本の土地の約5.5パーセント(四国全土よりやや広い!)に太陽光パネルを敷き詰める必要が生じる計算。

・また、発電効率が高さを期待されている洋上風力発電でも、風力タービン1基の発電容量を3メガワット、稼働率を30%と仮定すると、日本の一次エネルギー供給量をすべて賄う場合は約70万基必要。洋上風力発電を面で展開した場合に必要となる面積は、太陽光発電で必要とされる面積の19倍になる。

→ ここらへんはわりと衝撃的な大きさ。「主力」になれないのでは、という予感と、これを主力として現実的にできる規模に社会を縮小するという選択肢が頭に浮かぶ。

・水素も、単位質量当たりのエネルギー量が多く(エネルギー密度が高く)軽量であることから、貯蔵容器にかかる重量を勘案しても輸送が比較的容易にできることが挙げられる。

→ ただ、現在の工業社会でエネルギー源をかえるような、サプライチェーンをがらっと変えるようなことはちょっと想像つかない(イワタニ水素ステーション、どうまわっているんだろう・・・)

・省エネに関する技術は、エネルギー消費量が減ることでその機器を製造するコストや、機器を使用するコストを引き下げることになって、結果として、エネルギー消費総量は増えていく(車や家電の普及など)。このことは一九世紀のイギリスの経済学者ウィリアム・スタンレー・ジェボンズが初めて指摘したため、ジェボンズパラドックスと呼ばれている。

終章では、エネルギー問題を考えるということは、つまるところ「私たちはいかに生きるべきか」という哲学を考えるということだと書かれています。

持続可能な社会は、エネルギー消費量を抑制し、低エントロピー資源を大切にする社会への転換なしには立ち上がってきません。その実現を担保するのは、再生可能エネルギーの普及を促す政策の質にあるのでもなく、気候変動モデルの精度にあるのでもありません。私たちひとりひとりの意志を伴った行動にあります。未来がどのように切り開かれていくのかは、結局のところ、その多くが私たちの意志を伴った行動次第なのです。このことは、より多くのエネルギーを希求する本性を持つヒトの脳にとって、決して相性がよいものとはいえません。

これはほんと難しい問題。 ゴミの分別から、節電などの、ひとつひとつの努力をしていても、強大で無慈悲で成長を求めるマーケットの力は資源を食いつくすのではないか、という予感がある。そのダイナミズムのおこぼれで生活している自分を含む多くの先進国の人々の行動を変えるためには、強力な政治による、全体主義的な(生活的にも苦しくなるであろう)社会しかないのではないか、とも思うけれど、自由を尊ぶ現代人としては受け入れがたいところ。 もうちょっと前向きなマイルストーンを設定するなら、人類が利用できる石油などの低エントロピー資源が尽きるまえに核融合発電を実現できるかどうか、でしょうか。これで文明の寿命をもう少し伸ばせるとは思う(本書では、技術革新による問題解決への無邪気な期待を慎まなければいけないとも書かれているが)。そのタイムリミットを伸ばすために、人間生活の環境負荷を下げていくことは重要、と考えたいところだけれど・・・

前向きにまとめるのが難しいので本書でもうひとつおもしろい数字があったのを紹介して終わります。

「ほどほど」となるテンポを考えるにあたっては、ひとつの指針となりうる数字があります。それは年率二パーセントという数字です。これは杉やヒノキが成木になるまでにおおよそ五〇年かかることをもとに、その成長を年率に換算したものです。

この木の成長率(原理的に複利ではない)を、経済の成長率のベンチマークにするというアイデア。 どう当てはめるかはまだ想像できませんが、持続可能な生活と文明を考え続けていきたいものです。

エネルギーの専門家からみてどうかという書評は読んでみたい(ネット上にはなさそう)ところですが、わかりやすくとっつきやすい科学読み物なので、なんとなくエネルギーに興味を持っている方が読むのにうってつけですし、いまの若年・中年層であれば、生きているうちに直面するかもしれないエネルギー危機を考えるための基礎知識だと思います。

資本の力が駆り立てるエネルギー消費については、この本で読んだ、資本主義という強力でシンプルな現象を考えると、コントロールは難しいだろうな、という気もするところ。 dai.hateblo.jp

子育て1歳5か月-7か月か月

HHKBと幼児
机の上まで手を伸ばしてカチャカチャします。

できることがどんどん増えている。 歩き方もすこししっかりしてきて、写真を見て誰か教えてくれるようになった(だれだれちゃんは?と聞くとバシっと指さしてくれる)。バナナの皮をむけるようになったりご飯を食べるのも上手になってこぼす量も大分減っている。

ごはんを一人でこぼさず食べられるようになったので、まず、子のご飯をつくって食べさせながら親のご飯をつくったりもできてすこし楽。土日など事前準備ができるとタイミングを合わせて親子で一緒に食べることもできる。

ただ、椅子に登れるようになったり冷蔵庫も明けられるようになってきたので目の離せなさは増えてきたし、安全なグリーンゾーンがどんどん減っている。食器やお箸を取り出して遊んだり、なにかをゴミ箱に入れたりもする。

喋るのは苦手。なかなか言葉にはならない。どんなものなんだろうと気長に待っている。 保育園の2ヶ月うえのお友達はとてもよく喋っていて、「~ちゃん一緒にしよー」と言ったり、自分のことを「~ちゃんのおかあさん?」(父です)と呼んでくれたりしていてすごいが、この子が特別早熟な気がする(保育園でも2歳クラスの子とよく遊ぶらしい)。

電車には相変わらず手を振り続けている。あと、1歳6か月ごろで夜泣きがひとくなってつらかった。夜中の1時や3時の間に泣いて、つど添い寝をしにいって、自分も狭いベビーベッドの中で寝落ちしてしまい腰が痛い(ショートスリーパーで睡眠が深い妻はまず起きない)。ほっといた方が良いのかもしれないが対応になやむ。この1-2週間は夜泣きもすぐ泣き止むので解消したのかも。寝かしつけも、以前のように置いたら寝る、とはならずちょっと時間がかかる。お腹がぽっこり出ていて妻は心配しているのとお腹周りが少しカサカサしているのが気になるので保湿を続けていくくらい。

歯磨きはかなり嫌がっていて悩むところ。たまにうまくいくんだけれど・・・

保育園にも相変わらず楽しそうに通っているけれどコロナ陽性がでて保育園が休園するとかなり生活が苦しくなる。 妻が仕事だったりで丸一日ひとりでみるとどっと疲れる。じつはいまコロナ休園中で、妻と仕事を調整しているところ。 保育園にいれずに子供をみている親御さんのメンタルすごすぎる。

昔は、地域の年上の子どもがみたり、親類が手伝ってくれたんだろうけれど核家族時代で難易度が上がっているようにも思う。田舎出身の自分は父母の兄弟の多くがわりと近くに住んでいて、小さい頃は父や母の、当時未婚だった妹にたまに遊んでもらっていた記憶もあるし、長じては従弟や従妹と遊んでいたので恵まれていたのかも。

最近のお気に入りの絵本

よくテレ東のシナぷしゅをYoutubeで見せていますがこのキャラクターやいろんな場面をとりあげています。 お気に入りでよく読んでる。いろんなものがあるので、うさぎさんどこ?とかぷしゅどこ?と聞くと指さしてくれます。

最近の記事 dai.hateblo.jp

離乳食についてはこんな記事も書きました。 tsukurioki.hatenablog.com

幼児連れ旅行について雑感

うちには1歳6か月の子どもがひとりいます。コロナ禍が再び盛り上がってきているところだけれど、流行の収まっていた時期にはちょっと遠出をしたりできている。 振り返ってみると、旅行しやすい時期としにくい時期があって苦労したり思ったより楽にできたな、と思うところがあるので書いてみます。

※ サンプル1の個人的な経験をもとにした話なので、参考程度にしておいてください。

時期

1.首が座ってからはいはいする前は旅行しやすい

2.動きたくて仕方ないが歩けないうちはたいへん

もうちょっと細かく書いてみます。3ヵ月ごろまでの首が座るまでの旅行はたいへんです。おしっこや授乳頻度も高いし移動も気を遣う。でも首が座りきってからはいはいする前は旅行もしやすかったです。

  • 車のチャイルドシートに2-3時間(あいだオムツ交換休憩あり)座っていても平気
  • 個室の飲食店なら座布団とかの上においておけば親はゆっくりご飯を食べることができる
    • (親2人で個室をとることについて、通常だと申し訳なさもあるけれどコロナで観光客少ない時期だったのでご容赦を)
  • 8か月ごろ一度、カウンターのコース料理も脇のベビーカーにおいたまま食べることができた
    • (閑散期かつピークタイムを外して予約時にベビーカー連れのことを相談済み)。ちょっとかまう程度ですんだ

(うちの場合)10か月ごろからのはいはいしたいけれど、歩けない時期はつらい。 ベビーカーやチャイルドシートに1時間以上いると嫌がるし、でも外なのではいはいさせられずに欲求不満になる。電車とかで動こうとするとたいへん ※ 早ければ10か月、遅ければ1歳8か月とかでは歩くっぽい。うちの子はちょっと遅く1歳4か月ごろから歩き出しました。

歩けるようになると電車で動きたくなっても座席の間で立たせて遊ばせて気を紛らわすことができる。まだ走らないのでコントロールもしやすい。

コロナ禍もあってうちでは利用できていないけれど、3歳までで席追加がなければ飛行機は無料なので活用できると便利そう。コロナ禍前、友人はこれを活かして近場の海外に行っていた。

グッズ

  • 1歳ごろまではCOMBIのトラベルシステムという、チャイルドシート兼ベビーカーになるやつが便利でした(メルカリで買った)

www.combi.co.jp

  • 3か月で車で2時間半の実家まで行ったときは電気ポットやお風呂グッズもたくさんでレンタカーに詰め込んでいってたいへんだった。哺乳瓶の消毒方法が確立していなかったので荷物が増えたけれど、ここでの成功体験に気をよくして以降、油断して忘れ物が増えた・・・
  • 10か月ごろからは、食事とおむつだけあれば大丈夫そう
  • かまり立ちできるまではスイマーバの空気を抜いて持って行けるとお風呂は便利
  • レトルトの食事をたくさんもっていくと安心
  • ミルクは備蓄用の液体ミルクを回転させるのに使ったりした。キューブタイプは便利

場所

  • そこそこのホテルはいえばベビーベッドを貸してくれる
  • ファミレスは気を遣わなくて楽。座敷の個室があるお店も予約できれば安心
  • 大きなサービスエリアや新しい道の駅やショッピングセンターの授乳室/キッズルームはお湯があって便利
  • 古い道の駅は設備がないこともある(ゴミ箱がないところもある・・・)

移動手段

  • やっぱり車は便利。荷物も積めるし車内でオムツも替えられる
  • (うちでは車は妻所有かつ、運転好きの妻が運転することが多いけれど)電車ならお酒も飲めて便利
  • 電車は指定席で多目的室近くだと便利。年末年始はお子さん連れがたくさんいました
  • タクシーも便利。友人知人が送ろうか、とも声をかけてくれますがチャイルドシートなしは違反になるので避けたい。タクシーは法律上も問題ないようです。会社によって、指定の時間に来てもらうことができないところもありそうなので事前に探してみてください。福井の場合は福井交通さんが対応してました(それ以外の2軒は予約ないとのことだった・・・)

まとめ

いろいろ書いたけれど、制約があってたいへん。お子さんを望みつつまだいないご家庭では今のうちに旅行できるとよさそう。子どもが2人以上いての旅行は想像を絶する・・・。自分の育った家では県をまたぐ家族旅行は1度しかなかったこともうなずける。