「ヤバい経営学」という本を読んだ。 原著のタイトルはBusiness Exposed。直訳すると無防備な経営*1だけれど、ヒットした「ヤバい経済学」に乗ってこのタイトルになったようだ。書店で手に取ってもらうためには良いと思うのだけれど、語彙がヤバい・・・。
- 作者: フリークヴァーミューレン,Freek Vermeulen,本木隆一郎,山形佳史
- 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
- 発売日: 2013/03/01
- メディア: 単行本
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中身は、経営学の論文をおもしろおかしく紹介するもの。 一部、進化論について誤解していたり(訳の問題かも?)、経営者もふつうの、俗な人間だということを繰り返し指摘している。にもかかわらず経営者に善良さを求めるのはちょっと辟易するところがなくはないけれど、けっこう学びもあったり考えるきっかけになる情報が多かった。
以下、気になったところの要約と感想のメモ。引用記法で書いていても自分が要約している箇所もあります。本に書いてあることと感想はそれとわかるように書こうとしているけれど、あいまいな箇所もあると思うのでご容赦ください。
組織の集団慣性
新聞の紙面サイズが電車でめくれないほど大きく、食卓でめくるにも苦労するほど大きいことの理由。大きいほうが印刷コストが安いなどの理由があるわけではなく(逆に高い)、1712年のイギリスでページ数で税金が決まったことに対応するためだという。この課税は1855年に廃止されたけれど、そのときの慣習がいまも引きずられている。イギリスでは最近になって、経営危機に陥ったインデペンデント誌が2003年に小さくして、それによって利益もあがり、ガーディアンやタイムズなど他社も追随した。
本書で指摘されているように変化を嫌う前例主義により非合理な慣習が残り続けるといのはあるだろう。 ただ、本書では指摘されていないけれど、これは消費者ぐるみの場合もある。使い慣れていないものに忌避感を覚える消費者は多い。その消費者の心が離れるかもしれないという不確実さを恐れているために残っている商慣習や高コストな機能もある。とはいえ、肯定しているわけではなく、そこには市場の隙間があるということなので、うまくマーケティングできると機会があるのかも、と思った。
これとは別の組織の集団慣性として、懸念をもっている人が多くとも、声をあげなければそのまま進んでしまってみんなでコストを払っている状況も指摘されている。 わかりやすい例だと三菱自動車のリコール隠し。最近だと3Dテレビもそれに近いかもしれない。 こういう例、いろんなところにあるけれど、自分はそれに気付けて声をあげられるだろうか。日本の新聞もどこかがA4判に変えていっきに普及したりしないかな。
選択バイアス・選択と集中
大成功に導く戦略、または非常に革新的な戦略というものは、合理的なプロセス、もしくは経営トップの独断から生まれることはない
成功した事例を見聞きすると、すごい戦略があったのだろうと思うかもしれないけれど、ひょんなことや偶然から結果的に優れた戦略が生み出されることが多いという。そして、生き残ったものだけ観察されてストーリーを忖度されるので最初から優れた戦略があったように語られる。
成功例に引きずられないようにしたいものだけれど、ついつい気になってしまう。
業界トップの企業にとって環境の変化はおそろしく、業績の悪い企業は環境の変化を歓迎している
例)タイヤのファイアストン、スイスの時計業界、コダック・・・
そうですね。ただ、業績が悪い企業は環境の変化を期待していつつも、対応するためのコストを払わないことが多い気がする。 環境の変化にのれる柔軟さと感性のある
強い企業はコアビジネスに集中しているから、コアビジネスに集中しよう、ではなく、コアビジネスになるほど成功した事業があったから強い企業になっているという因果なのではないか。
ビジョナリーカンパニーの誤謬ですね。 とはいえ、スタートアップ含む中小企業だとリソースに限りがあるので選択と集中しないといけない気もするのが悩ましい。
立場固定
プロジェクトを途中で止めてしまうとバカで無能だと思われる。成功すればヒーローになる。最初からかかわると、止めるという選択肢はなくなってしまう。
例)映画「遠すぎる橋」。マーケット・ガーデン作戦
東芝のWH買収やインパール作戦も同じかもしれない。最終的な破局までだれも止まれない。失敗やアラートを遠慮なく上部にあげられる組織にしたいものです。
成功の病
成功が均質な組織文化をつくるという傾向がある。そしてこれは新しい環境への適応を妨げ衰退の原因にもなる。これが成功の罠として知られている現象。 危機にあるときにイノベーションが生まれる(ほんとか?)。いっぽうで脅威にさらされると委縮して、コアに集中しようとしすぎたり、官僚的で過剰管理気味になりがち。
イノベーションのジレンマの文化的な説明と感じた。成功の病から抜け出る方法はなんだろう?本書でもにごしているけれど、少なくとも流行の経営手法ではなさそう。 成功してから考えたい・・・と考える中小企業は多そうだけれど、初期の組織文化や設計の影響が大きそう。 リクルート様は、変化を促す組織文化をうまく作っていると思うけれど、特定のマーケットか特定の技術に軸足を置いて成功してしまった会社はどうすればいいんだろう。
イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press)
- 作者: クレイトン・クリステンセン,玉田俊平太,伊豆原弓
- 出版社/メーカー: 翔泳社
- 発売日: 2001/07
- メディア: 単行本
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経営者の報酬。ストックオプション
経営者へのストックオプションは、経営者に企業の成長へコミットさせる目的があり、実際によりリスクをとらせることになる傾向がある。しかしリスクをとることはよいことだろうか。
そうだね。個別の経営としては、企業のあり方が定まった大企業でストックオプション付与は過剰なリスクにさらす危険が大きいと思う。けれどマクロでは大企業がばんばんリスクとってマーケットや人材市場をかきまわしてほしいのでもっとやれ、と思ったりもした。東芝がつぶれて優秀な人材が市中に放出されたら楽しそう(無責任)。
経営者の報酬を決める報酬委員会や取締役会の構成員が高給取りであるほど経営者の報酬はあがる
そうだね。
経営手法とイノベーション
TQMやBPR、シックスシグマなどの流行の経営手法の導入は、業績への相関関係はほぼないがフォーチュン誌の尊敬される企業ランキングの順位には影響するのと、経営者の報酬が増加する傾向がある。
これは、手法を購入可能なパッケージとして見ている場合はそうだろうな、と思うけれど、一概には言えないと思う。この経営手法を導入した企業の業績が(長期的に)増えるみたいなパターンありそうだけれど、そんな手法はあるかな。 ただ、流行にのってトップダウンに導入するのは失敗パターン。
ISO9000という社内手続きのマニュアル化と標準化で効率的で高品質な製品をつくるという標準がある。写真業界で研究したところこれを取得していた企業は既存分野の特許申請数は増えるけれど「同じような」特許ばかり増えてイノベーションにつながる全く新しい技術はあまり出てこなかった。
(例として、3Mのポストイットをあげているが、同じような、ってどう判断したんだろう。と疑問に思いつつもとの論文にはあたっていない・・・。管理を厳密にすることがゆらぎやあそびを削いでイノベーションの機会を減らしているというストーリーはわかりやすいし、実際そうである気はするけれど)
経済学者のジョバノビッチは「効率的な企業は成長し生き残る。非効率な企業は衰退し消滅する」と四半世紀前に言った
これはそうなってほしいけれど、先行者であることの競争優位性が大きいからかもしくは十分時間が経過していないからか非効率な企業もたくさん残っている。
継続的な競争や変化にさらされていると、会社は大きく発展し、より強い会社になることができる
そうだね。とはいえ、競争や変化にさらされない特定業種で、弱い会社でも稼いでいる人たちはいて、彼ら彼女らの幸福度とは別問題なんですよね。
今日の経営者が直面している市場が、昔よりも変化が激しいという事実はない。当然、競争優位性を獲得したり維持することが過去に比べて難しくなったわけではない。
いまが変化が激しいというよりも、産業革命以後はすっと激しいという気がする。
イノベーションはいいことなのか?イノベーション(新しい製品を出す企業)を起こす会社はその結果として成長のスピードも鈍化し、倒産する確率もあがる。という調査がある。
真似する戦略が最上、ということになるそう。これはけっこういやだけれど、本書では、イノベーションを起こすことが目的の組織なら違うのでは、と示唆していてこれはすこし希望がもてた。
組織の硬直化と組織再編
組織再編は、その変更された組織に必然性が必ずしもなくとも、再編すること自体に効果がある
これは、 (1)社内の協調がうまくできない問題を解決する(2)過度の権力の集中を止める(3)変化に対する適応能力を高める 効果があるとのこと。
ただ、明記してはいなかったけれどがらっとした再編の場合と思う。ふつうは、みなそれぞれの専門性や顧客、ビジネスプロセスをもっているのでそんながらっとした再編はなかなかできないけれど、それを押し通すと効果はあるのかもしれない。
シャープや日産の経営者が外国人に変わったのは近いかもしれない。いっぽうで国内で散見される、部門名だけ変えて実態は変わっていないのはここでいう再編とは言わない。 話がそれるけれど、会計システムとかで組織再編はかなり複雑でつらい。ある部門の売上や債権の管理を、つけかえたりする必要があるのと、年ごとの推移をみるときにどう読み替えるかをもっておかないといけないので。
組織の居心地のよさは硬直を招く。
適度な緊張感と人の入れ替わりは必要だろう。 よく、日本の大企業のジョブローテーションは専門性のないジェネラリストが量産されると批判を聞くけれどもしかしたら有用なのかも。 有用すぎて、非公式なチャネルで物事が決まってガバナンスが形骸化する問題はありそうだけれど。
法律事務所でも、そこから人が企業に転職するとそこからの発注が増えるし、逆もある。人的交流が仕事をうむ。
コネというとネガティブに受け取られるけれど、これは円滑なビジネスの必須条件ですよね。サーチ理論的。 そういうネットワークに入っていなかないといけない・・・
広報の正しさ
- 取締役が外部から来ている方が企業の広報で隠し事は少なくなるが、取締役が株をもっているとそうではなくなる。
- また株主に大きな機関投資家がいると隠し事は少なくなるが小規模な株主が多くなるとそうではない。
日本だと、どうでしょうか。経営者が意図して隠すよりも、現場の管理職が上部に報告しないことによる隠ぺいが多い気がする。雪印の問題とか、記者会見で社長が「聞いてないぞ」と言っていたように。
人員削減
成長企業でも低成長企業でも、どの業界でも人員削減が短期的には効果があっても長期的な利益率につながらないという調査がある。 理由は、社員のモチベーション低下ではないか。人員削減後は自己都合退職率が上昇する。公平な人事制度(相談窓口や非組合員の申し立て制度、を例としてあげているがちょっと疑問)があるところはまだ影響が少ない
これは、IT化による人員削減も含むのだろうか。 日本だと、人員削減というよりは過度の外注化・効率化で組織内のゆらぎや教育機能削いでいるところは多い気がする。 逆に、規制産業やパブリックセクターでは過剰人員がいるから非効率な仕事のための仕事が残されていたりもする気がするけれどどうでしょうか。
参考
- 作者: 猪瀬直樹
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 1999/03
- メディア: 文庫
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株式上場のメリットについて
株式を上場すると、経営者は株式市場への対応にかなりリソースをさくことになるけれど、これに見合うだろうか。
創業者や投資家のExit以外にはあまりない気がする・・・。もちろんこれは重要で、スタートアップが生まれるインセンティブとしてたいへん意義のあることとは思うけれど、「会社」としてはメリットあまりない気がする。
会社は株主のものか?株主の第三者責任は有限であるように会社所有権は制限されているだろう。
株主(だけ)のものではないことの簡潔な説明で今後つかっていきたい。ただ、経営者が最大株主のときはまた違うかな。
給与
給与格差がすくないほうが個々のパフォーマンスもチームとしてのパフォーマンスもよい、というメジャーリーグをもとにした研究はある。
一般企業とは違う・・・と思うけれどプロフェッショナル集団のメジャーリーグでもそうなら一般企業でもそうなのかも。 ただ、専門家を集めるためには給与格差は生まれてしまうのでそこでパフォーマンスあげるためには給与を隠ぺいするような文化が有用なのかも。うーん・・・。
CSRについて
CSRは収益性には関係ないが、訴訟や政府の制裁措置などの逆風下で株価が下がる度合いはCSRにコストをかけていないところよりも少ないという調査がある。 いくつかの判決で敵対的買収が難しくなったデラウェア州での調査では、この結果として環境やコミュニティへの配慮といった効果の見えずらいものへの支出が増えた。そして支出を増やした企業では、長期的には株価純資産倍率が上昇し経営者の報酬も増えているとのこと。これは敵対的買収の危険から解き放たれたからではないか。
(もとの研究を読んでいないけれど、これは事業が順調という原因があってCSRへの支出も増えて株価純資産倍率も上昇しているという関係な気はするけれど、この本の著書はほかの項では相関関係と因果関係をけっこう区別しているので、そうではないようにも思える。もしそうならかなり明るい話。みんなCSRにお金をかけて環境にやさしく住みよい世界にしていきましょう(提案)。
2008年の金融危機の原因
政府の不十分な規制や規制当局の失敗、経営陣の強欲の結果でもなく、経営の構造的な失敗の縮図。 成功の罠、過剰搾取、視野狭窄、仲良し経営者グループ、証券アナリスト、取締役会、真似の応酬、流行りの経営手法や自信過剰
類例としてエンロンの崩壊、アホールドの転落、ユニオン・カーバイドのボパール工場での大事故があげられている。また福島第一原発や東芝のWH買収もあるかな。
原因
- 職務の細分化と組織の専門
金融工学の専門家は住宅市場の状況をほとんど理解せず、住宅市場をベースにした商品を販売する銀行員も組成内容や住宅市場について理解していない、これが組織階層や組織間で積み重なり経営者がリスクを判断できなくなっている- 成功による盲目
成功し始めると細かい注意をいなくなり大胆になっていく。そして懐疑的な声や反対意見は無視される。- 群集心理
成功したやり方に従わないと保守的で古めかしいと投資家や証券アナリスト、ほかのステークホルダーによって批判される・。- 欲深さ
経営者だけでなく、それで利益を上げていた株主や政治家、消費者も。 消費者は、どこでどうつくられたかを気にせずに目の前の選択肢からベストな商品を購入しただけ。 (これを欲深さと表現するのは不適切な気もするが、聖書での第三の罪、欲深さとかけただけなのかもしれない)
これをどう防ぐか。 今日のビジネスは複雑になりすぎていて規制や金融政策だけではコントロールできない。 リスクをとって短期的利益をあげることを推奨する株式市場や給与体系ではなく、コミュニティに貢献したいという人間の欲求をうまく活用するべきなのでは、と曖昧に結んでいる。 そのために働きやすい職場にすることを示唆しているけれど思い付き的でいかにも弱くて、その分、ほんとに解決することはできないのではないかと暗い気持ちになる。
昨今、ニュースをにぎわせている東芝の問題もこれと同じように思える。 組織の階層が広がって海を越えて管理・監視不能になって、成功体験の積み重ねとマーケットから評価されることで進むしかなくなってしまう。
どこで戻れただろうか。どんな組織や施策があれば止められただろうか?
感想
ひさしぶりに読書メモを公開。 経営の失敗については、日本軍が勝ち目のない大戦をつきすすんだ「失敗の本質」と似た話は多く、組織の失敗の理由は万国共通なんだなあ、とも思えた。
- 作者: 戸部良一,寺本義也,鎌田伸一,杉之尾孝生,村井友秀,野中郁次郎
- 出版社/メーカー: 中央公論社
- 発売日: 1991/08
- メディア: 文庫
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人が集まる組織には、それ自体に問題が内包されていることを突きつけられたようで、たとえば憧れのテラフォーミングや宇宙開発などの巨大な事業は失敗しそうだと悲しくなった。 やっぱり小規模な組織が自律分散してつながっているほうがよいのかもしれない。産業や技術は進んで強力な道具を使えるようになって物理的には反映していても人間の精神は進歩しないのでしかたないか。
本書は企業というよりは経営者・経営陣にフォーカスをあてている。 ここについては設立の古い大企業と若いベンチャーでまた質も量も違いそう。ベンチャーやスタートアップ方面ではVCまわりでたくさん知見があるとは思うのでよいものあれば読んでみたい。
社員も楽しく働けて稼げる三方よしな会社にしていきたいもので、いい意味でヤバい経営にしていきたいものです。
- 作者: フリークヴァーミューレン,Freek Vermeulen,本木隆一郎,山形佳史
- 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
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