インボイス制度がはじまるにあたっていくつか思うところがあったので書いてみる (あくまで自分の理解でしかありません。税務についてアドバイスはできないので、必要でしたら税理士か税務署にご相談ください)
まず、インボイス制度とその本質について3行で説明する
- これまで事業者が顧客から受け取った消費税は、仕入先に払った消費税と相殺して(仕入税額控除)、売上税額と仕入税額の合計を計算して納税額を決定していた(帳簿方式)が、今後は税の流れを追うために仕入先ごとにインボイス(適格請求書)を必要とする
- 売上1000万円以下や創業2年内の事業者は免税事業者であって、消費税を受け取っていても納税する必要はなかったが(益税)、免税事業者はインボイスを発行できない
- 仕入先が免税事業者だと仕入税額控除できなくなってしまい、そのままでは買い手は損してしまうため仕入先に課税事業者になるか価格を下げるよう直接的・間接的な圧力がかかる(免税事業者のままなら消費税の請求を断ったり、新規取引は課税事業者に限定されたり、)
はい。わかりましたか?たぶん税金に興味がないとわからないと思いますが、これがエッセンスです。
補足としては国税庁のこの資料をみたり、さまざまな解説を読むとじわじわわかるはず(日々特例が増えていてややこしい・・・)。 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/zeimokubetsu/shohi/keigenzeiritsu/pdf/0022001-174.pdf
じゃあ、このインボイス制度の問題はなにか。まず小規模事業者(建設業などの一人親方、美容師やアニメーターなどのフリーランスや農業者など自営業者に多い)に、課税事業者になるように圧力のかかる制度で、かれらの事務コスト・納税コストが増えてしまう。納税分値上げすればいいじゃんという話もあるけれど弱い立場になりがちで価格転嫁しにくい。これを、事業者が仕入先に圧力をかけるような、納税者同士が対立するような構図をつくっているのがずるい。
そして、事業者としては仕入先が課税事業者かどうか確認するコストがかかる(インボイスが適切かどうか判断したり、価格付けが適正か判断するのもたいへん)。 実際に、自分が話をきく農業者ではもうよーわからんし課税事業者にはならんわ、と宣言している人も少なくなく、そのコストは流通事業者と農業者が負うことになる*1*2。 これらのコストはまわりまわって消費者にもはねてくる。各産業を下支えしている小規模事業者が退出したり、参入しにくくなることで失われる文化もある。例えば個人経営のカフェが維持できる売り上げの目安は月100万円だけれど*3、ここから免税事業者でぎりぎり続けているところも少なくないことが推測できる。
全員大企業の傘下になれば効率的では?と自分も十代のころは思っていたのですが、みなさまのお勤めの大企業は効率的ですか。自信をもってそうと答えられない方が多いと思います。わかりやすい例では、マッカーサーの農地解放で小作農が自作農になったことで生産性があがったというように、自営業者ゆえの低コストさもある(労働環境が保護されていないという別問題はあるけれど、それによるコスト減にわれわれ消費者が甘えている構造がある)。
ちなみに頻出誤解として、免税事業者に10%消費税を払っているのにポケットにいれてるのずるくない?いう益税批判があるけれど、免税事業者は消費税を受け取るだけではなく、当然かれらも仕入先には消費税をおさめているので10%まるっと利益にしているわけではないし、小規模事業者は立場上弱くなりがちで、消費税を受け取る値段設定でなんとか生活できるレベルまで値下げ圧力を受けていることもあるのでこの批判は適切ではないように思う。またある事業者が免税事業者に消費税を10%払っていたとしても、これはその事業者にとっては仕入税額控除できるし、その分を価格交渉にも使っている(消費税を払うから値上げしなくてもいいでしょ、とか)事例もあるし免税事業者だけが利益を享受できていたわけではない。
ほんとうは消費税の流れを捕捉することで脱税を防いで益税を減らすというのが目的なのであれば、免税事業者でもインボイスを発行できるようにしつつ、免税事業者の条件を厳しくすればいい。たとえば免税事業者を個人に限るとか免税点を下げるとか(以前は売上3000万円以下が免税事業者だった)。そうじゃなく、課税事業者と免税事業者を対立させようとする構図が気にくわないし、事務負担を軽視した制度設計で残念なのです。
以上、誤解の多いこの制度について解説と残念さを書いてみました。ご意見ご質問、みなさまの納税エピソード歓迎しています。
(税理士法により個別の税務についてアドバイスはできないので、必要でしたら税理士か税務署にご相談ください)
余談:消費税制度について
- 消費税をなくしてしまえ論もあるんだけれど、景気に大きく左右される法人税・所得税と比べて安定財源としては意義があるとは思う
- ただ、消費税は滞納が多いし、利益が出ていないにもかかわらずの強引な徴収もあるし問題もある
- また、人件費は仕入税額控除できないいっぽうで派遣や業務委託は仕入税額控除できることから非正規雇用を増やすという批判もある(これの妥当性はわからない)
- 金融危機の景気支援や資本逃避(キャピタルフライト)を避けるために法人税や所得税を減税してしまっていたけれど、もうちょっと戻していいとは思う
参考
漫画家の佐藤秀峰さんの苦悩。事業者が取引先に課税事業者になるように圧をかけるか値下げ圧をかけざるを得ない構造になっている
現行のインボイス制度導入反対について | 漫画家協会WEB 漫画家協会も反対している
「税理士新聞」出ましたよ~!税理士向け情報誌に「インボイス制度!ボイコット大作戦!」合法的にボイコットできる方法を解説!だからね。ヒステリーを起こす人もいるでしょうね!発行部数24000部。多くの税理士に気付いて欲しいものです! pic.twitter.com/uUFqd6Si8B
— 神田知宜(税理士) (@donburikanda) 2023年5月9日
こんなボイコット運動もある様子。インボイスがはじまることで消費税率をあげやすくなるかどうかはよくわからない。
「Web+DB Pressみたいに普段は企業に所属するITエンジニアに個人として技術解説を原稿料出して書いてもらう雑誌はインボイス制度が始まるとめちゃくちゃ事務的な手間が増える」という指摘があった。休刊する理由のひとつに。
— ǝunsʇo ıɯnɟɐsɐɯ / メタバース炎上対策専門家 (@otsune) 2023年5月1日
コスト増が想定される例。ひとりひとりに、課税事業者の登録番号を教えてもらうのはたいへん。
id:NOV1975 先生による記事。こういう視点もあるけれど、 制度設計としてはインボイスを免税事業者でも発行できるようにする&免税事業者を個人に限る(or免税点を下げる)ほうが筋がよいとは思うのです。あと、フリーランスで年商1000万円以下ならつよつよエンジニアではなさそう。
ジャーナリストの書いた本。さらっとクルーグマンやフリードマン、ハーヴェイなどにインタビューしたと書いていてすごい。各国の税制の歴史についても触れていて入門書として便利 輸出戻し金への誤解とかはあったけれど、歴史や現場の状況を拾っていておもしろい