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(読書メモ)「NASAを築いた人と技術」 -組織の文化とプロジェクトマネジメントについて

なぜ人はNASAに憧れるのだろう。
NASA、米国航空宇宙局は69年の月面着陸という前人未踏の偉業やアポロ13号の成功した失敗などのプロジェクトを担った科学技術の最先端の機関として絶対的なきらめきとブランドをもっている。


けっして通販番組で登場する「洗剤」だけでない。
中学生のころは、CIAとかFBIと同じように漠然とした憧れであったけれど、大学にいるころには、あれだけ巨大で高度なプロジェクトをどうやって成功させたんだろう、どんな組織なんだろう、と興味がわいてきた。


佐藤靖による「NASAを築いた人と技術」はそんな興味に応える良著。
副題の「巨大システム開発の技術文化」からもわかるようにその偉業をなしとげた技術の文化とその組織について解説している。



NASAを築いた人と技術―巨大システム開発の技術文化

NASAを築いた人と技術―巨大システム開発の技術文化



宇宙開発ミッションは人類の経験した中でももっとも技術的に高度で大規模なプロジェクトのひとつだ。政治的な制約や全世界からの注目もありプレッシャーは半端ではなかったと思う。その組織的・技術文化的な葛藤の記録として、組織におけるプロジェクト推進の事例としても参考になる。


本書で繰り返し現れる事象は、プロジェクトの規模拡大により職人的な技術コミュニティから近代的な、脱人格化された厳密なプロセスに移行する過程。そして過程で発生する衝突。
これについてプロジェクトや研究所ごとに状況も文脈も違うため一般化は難しいけれど、おおむね、以下のように進む。


1.これまでの人的な内部サークル的組織では厳密さや信頼性を欠くため大規模プロジェクトに向かない
2,そのため、上部組織からシステム工学的手法の導入と管理の圧力が高まる
3.現場が反発しつつもシステム工学的で合理的な手法をいくつか取り入れ、組織の文化と統合していく


これは現代のソフトウェア開発とも被るかもしれない。


つまり、人的・職人的な開発であったメインフレームな時代の小規模で職人的で属人的な仕事から、近代的管理手法の時代に移行する。そしてあらゆる管理とドキュメント化で厳密に進められることになったウォーターフォールなどの開発手法は硬直化していると批判を受けた。そんなときにアジャイル開発として人的なつながりを重視し柔軟な管理をもった手法が広がりつつある。


ベスト&ブライテストでテクノクラシーな組織に眩しさを感じつつ、そういったプロジェクトにて自分はどういう役割を担えるか考えていくとおもしろい。


NASAじゃないけれど、糸川教授の言葉を引用。

私企業であると国家事業であるとを問わず、プロジェクト、計画を立ててやる仕事の場合、そのリーダーには三つの性格が必要なんです。第一は、演出家でなきゃいけない。二番目は、政治家でなければいけない。三番目は、馬力がなければいけない。この三つがなければ、グループ・リーダーにも計画者にもなれない。これがなければ、ニュートンやアインシュタインのように、1人でやれる研究から一歩も出ないんです。(日本ロケット開発の父 糸川英夫教授)


以下、読書メモ。

前置き

  • 本書について
    • アポロ計画において宇宙飛行士の活躍は氷山の一角であり、その実態は厖大な技術業務であって、またそれを支える管理・契約事務等であった。
    • NASAの技術的詳細やその開発の過程を含む多角的な研究が積み重ねられているが、本書で注目するのは、その中でも技術を築き上げたNASAの技術者と技術者の社会である。
    • 技術開発のアプローチや手法、それらの背後にある技術に対する考え方にもスポットを当てる。
  • NASA本部と各研究所の関係
    • NASAは、発足と同時に軍や大学などさまざまな母体の研究所を引き継いだ。
    • NASA本部と各研究所のあいだの健全な緊張関係がすぐれた成果につながったという意見もある。
    • 各研究所はその伝統に根ざした、経験的で属人的な部分があり指揮系統が弱く合理性に欠けていた。
    • 世論と議会の監視の下、NASA本部は各研究所に、技術プロセスの管理を強化するため、システム工学を中核とする規格化された手法の導入を推進した。
    • これは研究所のローカルなコミュニティにとって脅威であったためその妥協点を探ることとなる。
  • システム工学・システム技術者について
    • 日本ではシステム技術者という言葉とソフトウェア技術者という言葉をほぼ同義に使われるが本来は別の意味を持つ。
    • システム技術者の役割は、ICBMのような巨大技術システムの開発を統合的に管理することにある。
    • システム工学は、開発過程全体を管理するため総合的な視点を持つ、その一方で、巨大技術システムを適当な大きさの構成単位に分割して取り扱うため分析的であるといえる。
  • システム工学の手法
    • コンフィギュレーション管理をはじめとするシステム工学の手法は技術プロセスの徹底した文書化を要請し、脱人格的であった。
    • これは各技術コミュニティではあまり歓迎されなかったが官僚組織であるNASA本部の、人の入れ替わりが激しい組織においては共通言語として受けが良かった。

マーシャル宇宙飛行センター。フォンブラウンのチーム

  • 一つ屋根の下の組織から、巨大組織へ
    • 陸軍ミサイル研究では、理論から実践まで幅広い分野をフォン・ブラウン率いるセンター自前でもっていた。

良いチームはみな、冷静な科学的言語では評価が難しい一定の性格をもっている。良いチームには帰属の意識、誇り、そして集団で物事を成し遂げる気持ちがある。自ら進んで取り組むという要素がそこにある。そうした良いチームは木や花のようにゆっくりと有機的に育てなければならない。(フォン・ブラウン

  • フォン・ブラウンの考え方。有機的なチーム
    • 多大な予算が絡む難しい判断をするとき、国防総省の高官は保身に走る。権威ある科学者のサインがあることで、なにかまずいことが起こっても国内でもっとも賢い人間に意見を求めていることで責任を回避できる、と考える。説明責任が自己目的化し、成功のための努力が犠牲になっているとフォン・ブラウンは批判している。
    • ロケット開発には様々な分野の専門家が必要であり、管理者は最大限の権限委譲を追求しなければならない。そして権限委譲するためには、まずチームの技術者の能力を認め、信頼しなければならない。また、良いアイデアはだいたい組織の実働部隊のレベルから出てくるものなので、効率的で途切れのない意思疎通のシステムを確立する必要がある。
  • 自前主義か、外注するか。
    • フォン・ブラウン率いるマーシャル航空宇宙センターでは、当初は自前開発(内製)主義でやっていたが、予算と業務の増大によって、外注を余儀なくされる。ここで、ボーイングなどの民間の組織に発注しながらも技術者を常駐させ協働していた。
    • ここで、一定の技術業務を組織内にとどめておかなければ、メーカーの企画書や実績を評価するものさしを失い、それはひいては納税者の不利益になる、とフォン・ブラウンは主張した。
  • マーシャルの文化。意思疎通のシステム
    • 各技術部長に対して、その専門分野に対する「自動的な」責任を持たせていた。彼らはセンター内のプロジェクトの進行状況や問題点について、会議やその他公式・非公式のルートを通じて常にフォローしておくことを期待された。これは最大限の権限追従。合理性はない。
    • 各技術部長が進捗や問題などをA4一枚にまとめ、これをフォン・ブラウンに提出、彼はこれにコメントをつけて全研究所に回覧する。また会議では発散的・徹底的に議論しこれをまとめる。
    • 組織の信頼と長年の蓄積があってこそ、言葉や数式で表現しきれない技術実践。


そこにNASAのエリートシステム工学者のシェイがやってくる。すべてを数式と言葉で説明するべきと考える彼の考えは「君が理解しているのなら、ぼくに理解させることができるはずだ」という格言に現れている。システム工学の信念に基づいて管理し分析することでプロジェクトを推進しようとする。


  • 組織はどう変わっていったか
    • ブラウンは組織を二重化した。ひとつはもと技術部門の研究開発実施本部。もうひとつの業務実施本部はプロジェクト管理をおこなう役割で、センターの人員の2割にも満たないがここでシステム工学やメーカの監督、NASA本部への報告や対応を担当した。これによりシステム工学の管理圧力から従来の技術文化の美点を守り抜くことが出来た。
  • 信頼性確保のための統計的アプローチと、人的アプローチ
    • 信頼性工学は、健全な技術的鍛錬と分析的手法との結合として考えられる。
    • 信頼性の統計的実証については全機レベルではもちろんサブシステムレベルでも非現実的だと考えていた。数字の持つ表面的な厳密さと正確さに技術者が惹かれてしまう傾向に注意を喚起。
    • 統計的確信は『技術的革新』にとってかわられなければならない。
    • 技術的革新を達成する上でのカギは、開発試験の全段階を通して発生するすべての故障の原因の厳密な特定。としていた。(ちょっと意味不明だけれど、本でも、このまま引用されていた。)
    • 信頼性を高めるための機能追加は、その機能追加によりシステムの複雑さが増すことで信頼性が低下することもあることを考えて決定する必要がある。
    • 統計的手法で実証することは不可能
    • 意図的に疑似故障状況をつくり故障パターンを潰す
    • これは人的に故障を減らす手法であるが、技術的に保守主義になりミスを恐れる文化でもある。長年かけて熟成されたチームは、個人のミスがその組織内での信頼を失ってしまうために失敗を恐れ保守的になっている

ついに高い信頼性を達成する方法について、かなり明確な考え方を持つに至った。それは一言で言えば、健全で見識のある技術のやり方と、長い間の経験に基づきあらゆる分析手法に支えられた技術判断を適用することだ。(マーシャル所長代理エバーハルト・レース)

  • マーシャルのその後
    • サターンV型の打ち上げ成功の後、目標は多角化し、ブラウンだけでは管理できず権限は散逸していった。またマーシャルは徐々に予算を削減され、人員も削減し、もはや大型ハードの開発・検査・点検できる能力は無くなったと宣言された。

アポロ宇宙船開発

  • 組織の文化
    • 出自の異なる航空分野系と弾道ミサイル系のグループがあった。
  • 航空分野系
    • 技術的問題の解決に当たって人を以下に組織するかを重視する傾向があった。
    • 「成功への主な鍵は人であり、人をいかに組織するかである」
    • 調和的で民主的なコミュニティで人間志向の技術アプローチ
  • ミサイル分野
    • 人の組織よりもむしろ技術システムの徹底的な分析を重視する傾向があった。
    • 階層的で能力主義的、技術システムの分析能力が何よりも重視される環境であった。

真の信頼性を達成するためには、問題が発生する微かな兆候を決して見逃したり無視したりせず、きちんと認識する人たちが必要だ。最後の一押しの労力を惜しまずに払う人たちが成功と失敗を分けることは本当に良くあることだ。(ギルルース)

私はシステムを信じていない。私は仕事をする能力があり意欲を持つ人たちを信じている(ロウ シェイの後任の宇宙船開発室室長でのちのNASA長官代理)

  • 文化の変遷
    • 分析的・合理的、トップダウン・階層的にすすめるシステム志向なリーダーと、信頼のおけるチームで調和的なコミュニケーションをとっていく人志向なリーダー。相互評定の文化であるが悪く言えば内部サークル的。その相克が良い緊張関係をもたらしていたが徐々に後者に取って代わられた。
    • 有能なだけでなく、信頼されていないと情報は入らない。優秀な者が簡単に取って代われるような機械的な組織ではなく有機的な組織。ただ、どちらの場合でも無能なものは簡単に排除される仕組みになっていた。
    • アポロ計画でもジェミニ計画でも、初期の段階ではトップダウンな天才技術者が引っ張っており、その後、運用上の配慮が必要になる頃には内部サークルからの調整役的なリーダーに替わっているのは興味深い

大学の研究とプロジェクトの推進(ジェット推進研究所)

  • 大学における研究の文化
    • 個人の裁量を重んじ、他のメンバの仕事に干渉することを避け、規律や画一性に縛られることを嫌う大学の文化。
    • ありきたりな仕事を軽視しリスクを顧みずに失敗や遅延をものともせず抗争の大きなプロジェクトに挑む。
    • しかし予算とスケジュールを管理するNASAにとっては許容できるものでない。
    • 未踏の技術を追い求めて失敗をいとわないために、冗長性にかけ低品質な部品を使用し試験も不足している。
    • 1960年にはマッキンゼー社からも国家プロジェクトを遂行するには不適格と評価される。
    • システム工学の導入と反発。NASA本部との対立。


人的アプローチとシステム工学の止揚により成功するまでになっていった。
技術分野に分かれていた個人主義の組織をどうやって巨大なプロジェクト推進に向くように変化していったかは読み応えがあるのでぜひ手にとって確かめて欲しい。


日本の宇宙開発

  • 東大系のISAS
    • ドキュメントもつくらないし連絡も口頭で済ませ、関係者間の責任分担も明確化しない。と現代のプロジェクトマネージャが聞いたら卒倒するような進め方。信頼のある専門家同士だからなせたワザだと思える。
    • 米国からの技術援助も避けるというか拒む、それでも衛星打ち上げに成功する
  • NASDA
    • 米国からいかに技術を学び、それを独自のものとするか。

その他気になった話

  • 社会の文化と技術プロセス
    • 契約社会では業務関係は一時的であり、技術者も互換的でなければならない。このため脱人格化された技術プロセスに利がある。
    • 一方、非契約社会においては人間関係が安定的かつ有機的であり、技術者が全体の業務の文脈を理解しつつ調和的に動くことが出来る。このため特定の人間に依存したやり方が効率を高める。
  • 技術者と技官の民主的な協働的なマッチング。
    • 実験模型を考案・設計する技術者と、それを制作する技官。工作の名手に依頼するには、技術者同士で競争しなければならないこともあり、技官側が強い立場の選ぶ側であった。また技官側も有望株をつかまえて注目されたいと思っていたので、意地の悪い仕組みではあるがお互いに優秀な者が上に昇る仕組みになっていた。
    • これは技官と技術者のあいだだけでなく、技術者でも同じ。大学を出たばかりの若手でも上層部と直接、技術上の議論をもてた。研究所を組織していたのは、組織図上の関係ではなく相互の評価であり評判。表彰などはなく、賞とはいい仕事を与えられること。誰かが良い業績を挙げると、郵趣な人なみなその人と仕事を従ったし、その人のチームでその人のアイデアについて研究したがった。

本書中では技術者のキャリアの選択や、組織人事のかけひきも垣間見えておもしろい。
特に、中央からの大きな方針変換があったときに、それを受け入れないこれまでの現場のトップが辞表を叩きつけることが多いことが気になる。日本では、閑職に追いやられることこそあっても、だいたい穏やかにことがすすむように思う。自分のキャリアよりも信念を大事にしているように感じられておもしろい(実際は違うかも知れないけれど)。こういう土壌があると組織の方向転換もスムーズにできるのかもしれない。



以上