さまざまなデータを鋭い切りくちで分析していたり、行政の人や農業者にインタビューしていて参考になるし地域差の事例もおもしろいし、主張に同意できるところも多い。自治体や農政への批判も真っ当。自給率の問題についてもわかりやすく解説している。
ただ、おもしろいんだけれど、2点大きな問題があってあまり好ましく感じなかった・・・。
1)需給の価格決定プロセスわかっていなさそう
近年は米価が上がるたびに、とくに外食事業者や、弁当や総菜などを作る昼食事業者を中心にコメの消費を減らしてきた。具体的には、ご飯の量を減らしたり、ご飯をパスタに置き換えたりした。結果としてコメの需要が減る速度は上がってしまった。年間8万トンのペースで減っているといわれていたのが、いまや年間10万トンになっている。米価を上げるための生産調整がコメの需要を減らし、価格を押し下げる。そんなねじれが起きている。
p142。供給を絞ったことで需要が減って価格が下がる、と書いているが、実際には、米価は不作による瞬間的な値上がりはあっても一貫して下がる傾向になっている。また生産調整をしていなかったら過剰生産のままでもっと価格は下がっていただろうが、それでよいのだろうか。
もちろん生産調整など水田にかけているお金は多すぎるのは問題だけれど、どう減らしてソフトランディングさせるべきだったかというのは簡単には言えない。所有者・利用者の集約を狙っていたらもう少しよかったようにも思うけれど。
2)農地改革批判をそのまま受け止めている
安倍政権時に農水事務次官をつとめた奥原正明氏の「(GHQの)農地改革というのは、日本の農業を徹底的に弱いものにした元凶なんです」というのを無批判に受け止めているのは気になった(p186)。 本人の言ではないし、農水省の事務次官という権威に取材することができたあとで批判しにくいのもわかるんだけれど、ちょっと見過ごせなかった。
多数の小作農と地主のままだったら農業は強くなっていたのだろうか?お金と影響力のある地主勢力が維持されていたら19世紀イギリスの植民地経営者たちのレントシーキングのような堕落もありえるのではないか、していたのではないか、とも思う。 収奪され続けていた小作人が社会不安をもたらして軍(皇道派)を後押しし、戦争につながった大きな遠因のひとつだと思っています。
その後、労働力需要が増して、機械化や農薬など労働節約技術が普及していくことも農地改革時点では想像できなかっただろうし。
ちなみに農地改革については成蹊大の川越俊彦先生のこの論文が数字や効果を推測していて参考になります。
戦後日本の農地改革―その経済的評価― HERMES-IR : Research & Education Resources
結論の、自作農への転換によっても、生産性自体はあがらなかったということは意外でした(社会的意義はさておき)。
まとめ
と、2点批判をしてしまったけれど、フットワーク軽く現場を取材したり、データを分析していく姿勢はとてもよいし勉強になる本でした。 農業初心者にはおすすめ。
今後の期待として、農業委員会がちゃんとワークしているかとか(実際、ヤミ小作はよく聞きます)、市場関連とか切り込んでもらえるとまたご著書を買います!