うんこめも

自律分散うんこ製造システムについてのメモ

病と人について 「感染宣告」、「ペコの闘病日記」

たまたま病気系の本を続けて読んだのでメモ

感染宣告

HIV感染者とその周囲の人たちの苦悩を切り取った石井光太によるインタビュー集。
宣告・家族・花嫁・夫婦・妊娠と5章にわけられ患者やその家族・パートナーによって語られており数字だけではわからないリアルが重い。

もはやHIV感染は正しく治療を受ければ死ぬことはないし管理していれば性行為でも移すことは滅多にない。それでもHIVが大きく人生を狂わせるのは、それが性行為によって感染するからだと思う。パートナーにとってみれば裏切りの証でもある。特に、男性では同性愛による性行為で感染することが多いため結婚しているなかで発覚すると二重の裏切りになる。それについて本人だけでなく妻の視点でも語られておりやるせない気持ちになってしまう。


一番印象に残ったのは薬害エイズの男性患者とその恋人、家族の話。
まず彼はHIVになってからのほうがモテたという。これは、好意を寄せる女の子の中には、“死にゆく男性と恋をして傍に付き添いたい”と願って近づく人がいるからだそうだ。その倒錯に悩む彼の苦悩とHIV感染が分かってから付き合いだしたその彼女のヒロイン思考が気になるところ。彼女には知的障害者だった妹さんがいてつねに尽くして生きてきたということだがその人格形成にどう影響しているのだろう。そして重いのがお互いの家族の悩み。HIVに感染していて血友病のために働いていない無職の息子が女性と結婚することについて直接インタビューを重ねてエゴと苦悩を引きずり出している。先立たれた妻の残した愛娘がHIV患者のそれも無職の男と結婚したいと伝えてきた父親。もう想像するだけで暗澹たる気持ちになる。


HIVエイズについてはこちらが詳しい。年間1000人以上が感染しており数も増加中。
HIV・エイズって何? | HIV検査・相談マップ

ぼくたちのまわりには病や死は驚くほど満ちあふれている・・・。


若年性乳がんになっちゃった!ペコの闘病日記

若年性乳がんになった方のブログ書籍化。帯によると余命半年と宣告されてから2年以上生きているということでその道程の苦しさと希望が得られそうであった。ちょっぴり、癌を克服した人の話を期待していた。

この方はトリプルネガティブという治療法が限られたタイプの乳がんだった。定期検診を受けていたにも関わらず発覚が遅れたとのことだ。手術、放射線治療、抗がん剤と多くの苦しい治療にあたっている姿は前向きさと辛苦がにじみ出ている。治療の末、がんが縮小して日常生活に戻ったと思ったら数ヶ月後に転移が見つかるところは希望からの絶望の落差が読んでいてかなりつらい。

よく勉強していてるようで医療の問題への示唆も興味深い。日本では治療薬の認可が遅く、欧米で効果がでたとされる治療法がなかなか使えないドラッグ・ラグという問題、マンモグラフィーをとっても専門医でないと適切に読影できない問題。ピンクリボンの運動が患者を傷つけることになっていたり(なんだよチャリティーヌードって)。

また、その合間合間、旦那さんやペット、友人との交流や香港や韓国への旅行での楽しそうな姿の差もまっすぐ見れない。iPhone4が発売されて予約した話に、なぜか重い現実感を覚えた。


旦那さんの献身も透いて見えるけれど、ほんとたいへんだと思う。どうやって向き合っていたんだろうか。
結婚してすぐ、まだ若いのに嫁が癌だと宣告されて克服するにしても一生がんと付き合っていかないといけない。生死に関わる本人が自分には想像も難しいけれど肉体的にも精神的にも一番辛いとは思う。ただそれを支えるパートナーには別の種類の、やり場のない苦しさがあるだろう。
自分ごとだとしたらどうだろう。もし親が病気になったら、パートナーが病気になったら、自分が病気になったら、想像するだけでも自分の弱さが露わになって現実から目を背けようとしてしまう。



以前に「エボラ―殺人ウイルスが初めて人類を襲った日」とかを読んだときはその体中の穴から血の混じった泡のような体液を垂れ流し1週間で死ぬこの病気かなりの恐怖を感じたけれど、それは実話誌的というかポルノ的な恐怖であって、自分ごととして考える現実感はなかった。水俣病や地方病、原爆症の話も深刻ではあるけれど社会問題と数字の視点でしか見ていなかったかもしれない。



・・・
読後、このブログを探してみたところ当初にもっていた生き延びるのかもという希望はうっすら感じていたとおりに裏切られた。著者はこの単行本が出て2日後に亡くなったということ。お悔やみ申し上げます。
若年性乳がんになっちゃった! ペコの闘病日記/ウェブリブログ

若年性乳がんになっちゃった!―ペコの闘病日記

若年性乳がんになっちゃった!―ペコの闘病日記



動機について

近頃、闘病記とか貧困ルポをよく読んだりする。
この記事を書くときに、なんで手に取ったかを説明しようと考えてみると、べつに読んでいて楽しくもないし直接問題意識を持っているわけでもないしでよくわからない。無理矢理ひねりだすと、五体満足で衣食住にも(勤務時間を除けば)そこそこ恵まれた単調な生活をしている自分が、死に直面している彼ら彼女らに感情移入することで生きている実感を得るために読んでいるのではないかという考えが浮かんできた。
なんだかできの悪い中二病作品みたいで最低だし、自分としては違うつもりではあるのだけれど記録として共有しておく。