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「スマート・テロワール」は地方の生存戦略になるか?

カルビーの二代目社長の松尾さん(故人)による農村再生マニュアル「スマート・テロワール」(2014,松尾雅彦,浅川芳裕)を読みました。 農村部の問題や、諸外国での事例、過去の研究などを引き合いに出して農村が自立して発展していくための方法を説いているし、具体的な始め方まで丁寧に書いていておもしろい。

その作戦を強引に要約すると過剰な水田を畑地にして麦、大豆や飼料用トウモロコシなどと輪作・耕畜連携し、地域の特性を活かした加工品製造もして雇用を確保していくというもの。雇用を確保することでUターンも増えて人口問題にも対処することで地方の未来は明るい、とまで言い切る。

大きなコンセプトとして感挙げるととてもおもしろいし都市じゃないけれど都市設計(Urban Design)的なわくわくするところがある(この対義語はなんだろう・・・)。

ただ、一部納得できるところもあるし近いものをコンパクトな事例としてやっているところも知っているけれど、これを地域で取り組むにはいくつか足りないところがあるように思えた。

まず、なんとか集約してお金をかけて、麦や大豆をある程度の規模つくるために必要な農機をそろえたとして、どれくらいの規模で栽培すると採算がとれるかが不安(本書では加工品の原価例はあるけれど、栽培コストと売り先はちょっと曖昧)。

たとえば、うどん県香川でも、小麦の栽培は1962年をピークに10分の1まで減っているし製粉業者も減っている。でも、執筆当時より円安になった今だともうちょっと取り組みやすいのだろうか、生産者の引退も減って農地もすこしは集約しやすくなっている? 国産小麦の生産は年に100万tほどありますが、現状では供給過多で実需につながっていないそうです*1

もちろん、海外で巨大に作付けしているところと当然価格では勝てないのというのは本書でも書かれていて、それをローカルの加工会社でまきとれるよう地域の消費者と連携していくべきとしているけれど、イメージがわきにくい。

先日お話をきいた醤油蔵、なかなかいけている感じだったけれど、従業員は10人足らずでまだまだ雇用も仕入れもスマートテロワールというには物足りない。 なんちゃって6次化産品ではなく、その地域でナショナルブランドに対抗できる地域発加工品をつくるというのは目標として納得度もあってかなり好きなんだけれど・・・。

あと、自分は全然知らない分野ですが、飼料をつくって豚を育てて加工品をつくることにも紙幅がさかれています。売上の5,6割が飼料代といわれる畜産農家で、国産の飼料でやっていけるようになるにはどれくらいの規模or補助金がいるだろう。 こういう取り組みをしているいい事業者もあるようだけれど、どれくらいまかなえるんだろう。

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個人的には、水田の集約とか農地に関心があるけれど、その集約の難しさはあまりわかっていない。むかし水田でいまはパッチワークの美しい畑地として知られる美瑛ではどんな苦労があったんだろう。 ちなみに、実際に全国麦作共励会で表彰された、きわめて優れた生産者の事例では、小麦・大豆・水稲を2年3作でつくっているような事例があって、水田を残しているところも少なくなさそうだけれど、水田を残している意図もよくわかっていない。 令和4年度全国麦作共励会表彰事例:農林水産省

と、ちょっとネガティブなことを書いたけれど、積極的な加工会社があって、農地を転換しやすい事情のある地域で試せるとよさそうだしおもしろそう。本書は、海外事例やカルビーの北海道でのじゃがいも契約栽培のあれこれ、関連書籍の紹介もしておもしろいのはたしか。カルビーへの尊敬度がぐっとあがりました。

また、紙だと1600円するけれどkindle版を99円で販売していて、Webに公式の要約も載せて勉強会も継続してやっている。こういう世の中をよくするためのアイデアを本にして打ち出して普及のための活動しているのはビジョナリーとしてすごい。みどりのあれより受けいれやすい気もする。こういう戦略の提案を参考に、もっとみんな俺の考えた最強の農政/地域戦略とか提案してほしいです(自分が読みたい)。

最後、おもしろかった部分を引用しておきます。カルビーという加工食品会社視点でのジャガイモの取引の実態や契約とか販売戦略とかは具体的でおもしろかった。

カルビーがジャガイモ生産のために全国で契約している農地面積は7000ha。「減反した水田100万ヘクタール」はその約150倍に相当。ジャガイモが生みだすカルビーのスナック製品の売上(工場出荷額) は年間1千億円です。その150倍とは15兆円です。日本を代表する産業である自動車業界の年間輸出額・約12兆7千億円(財務省財務省貿易統計』2012) を超えるほど

ポテチはイノベーション

「販売量 =SC(ストア・ガバレッジ)× 優位置 × 回転」という原則

加工品メーカー視点はかなり具体的でよい

【水田地帯】自給圏内で必要なコメの生産量に合わせた水田の規模を試算のうえ、一定程度の水田を畑作地帯に転換します。水利上の最適を勘案すると下流域は水田が望ましいため、各河川の下流域から水田地帯をゾーニングします。同時に、景観上の最適の両面からも検討を加えます。

農地の所有権とか水路とかの整理、むずかしい・・・

青果のジャガイモは、五 ℃ 以下の貯蔵で糖度が増して美味しく食べられます。低温なので春になってもジャガイモの発芽は見られません。冷凍して調理されるフレンチフライは、水分が多いので焦げ色の心配はポテトチップの場合ほどむずかしくありません。発芽を抑えられるぎりぎりの温度で貯蔵します。水分がなくなるまでパリパリにフライされるポテトチップでは、焦げ目が大敵です。それを防ぐために貯蔵温度を高めに調整しますと、腐敗が進行し発芽が早くなります。腐敗には貯蔵庫の機能改善が、発芽には品種改良が貢献します

食品加工、まじでノウハウの塊・・・。

フードシステムは、地域内で垂直的な統合(インテグレーション) の力が競争力になります。過剰時代になって、川上主導であったものが川下側がリードすることになりました。川下側ではバイイング・パワー(大きな購買力) を使いすぎるところも出てきます。むずかしいことが各所で起こっています。そこで私は、上下をなくし、並列になることを提唱しています。スマート・テロワール内でバイイング・パワーが起こりますと、相互に不信感が増殖し、競争力の敵になります。

北海道でのじゃがいも、オランダでのトマトのような産地づくりが成功するといいけれど、規模がない地域ではむずかしい。

換金作物を優先して儲かっているはずが、じつは貧困を生んでしまっています。自給農業はすでに失われています。換金作物を推奨する先進国は、自国の消費者のために他国の資源を枯渇させる収奪農業をしているのです。

これも悩ましい。。

*1:2023/3/16の日本農業新聞p5より