農作物の価格がなかなかあがらないなあ、ということに関心を持っている流れで読んでみました。 東大の経済学部教授でかつ物価情報を配信する株式会社ナウキャストの創業者の渡辺努先生による、インフレや物価理論、中央銀行の取り組みを紹介する本です。ただ、昨今の値上げが目立ち始める前、ロシアのあの蛮行直前の2022年1月に出版された本のため、このところの日本の物価高は反映されていなく、日本はずっとデフレだね、なかなか物価上がらないね・・・という論調ではある。
とてもすべては理解できなかったけれど、簡単に理解したところをメモしてみます。
まず、身近で重要だと思った概念は屈折需要曲線。これまで、需給で価格が決まるのはなめらかな曲線だと思ってきたけれど、マーケットによってはこの需要曲線は屈折しているという。これは一定より値段があがると需要は急激に、屈折して下がっていくというもの。たとえば、原価の多少の上昇があったときに、ひとつの事業者が販売価格に転嫁して値上げするとライバル企業に顧客がいっきに流れてしまうため、需要は急減してしまう。そのため原価の上昇がさほど大きくない場合は、価格据え置きのほうが必ず利益が高いという。これがあるから各社は仕入れ値があがったとしても価格に転嫁することを躊躇してしまう。
そしてステルス値上げといわれるような小細工をしてしまう。いまは、耐えきれなくなった大手が続々値上げをしているので状況は変わっているかもしれないけれど、この仕入れ値向上から値上げまでにかかる時間は悩ましい。
ひとつの解決策の例として、米国の大恐慌期のデフレにおいて当時のルーズベルト政権のとったデフレ脱却のために企業のカルテル行為を一時的に容認するという措置は参考になるかも。これは独禁法などを扱う分野である産業組織論の研究者からは間違いだったとの主張がある一方で、マクロ経済学の最近の研究では、必要悪だったとされているとのこと。ただ、消費者からは不況下に値上げを誘導する行為でどう受け止められたんだろう。
また、物価の硬直性の原因として、メニューコスト仮説として、カタログやメニュー表を変更するコストがあるからというものがある、これはわかるんだけれど、特にB2Bではどういうメカニズムが動いているか、例えば巨大な自動車メーカが仕入れ先の部品メーカにどう値下げ圧力が働いているときに、それを乗り越えて価格をあげるにはどうしたら、とかも深堀してほしかった。
これから海外での物価高と合わせての円安によって日本も引きずられて物価高になっていますが、これからどうなるでしょう。数十年のデフレ下で値上げプロセスになれていない事業者と消費者がいるなかでどういう経過をたどるかは気になっています。
以下その他の読書メモ
デフレがなぜ問題なのか。消費者にとっては価格が安くなってうれしいけれども、大事なのは企業が価格支配力を失っていき活力を失ってしまうこと。
物価を計測する手段としてレジのPOSデータを集計していくことがあげられていたけれど、それだとAmazonや楽天、また生協などのECや通販は補足できなく、これが影響の大きい分野のものは正しく計測できないのでは、と感じた。
一匹の蚊の飛び方を研究して完全に理解できたとしても、それは蚊柱を理解したことにはなりません。たくさんの蚊がたがいに適切な距離を保ちながら移動し蚊柱を構成する仕組み、つまり集団としての蚊の振る舞いを知る必要があります
この物価を蚊柱にたとえる比喩はおもしろい(初出は岩井克人の「ヴェニスの商人の資本論」、10年前に読んだはずだけれどまったく覚えていない・・・)
価格の協調、とくに値上げ方向への協調は、一歩間違えばカルテルで犯罪行為です。しかし、米国の大恐慌期のデフレでは、デフレ脱却のために企業のカルテル行為を一時的に容認するという思い切った措置を、当時のルーズベルト政権はとりました。これについては、独禁法などを扱う分野である産業組織論(ミクロ経済学の一部) の研究者からは間違いだったとの主張がある一方で、マクロ経済学の最近の研究では、必要悪(価格のフリーフォールからの脱出に役立った) との主張がなされている
不況期にやると消費者から反感をもちそうだけれど、どう合意をとったのかは気になる。
(要約)物価水準の財政理論(FTPL)では、貨幣の裏付けは国家の徴税権にあると考える。これによると物価が上がる将来の税収見込みが減ったときという。
将来減税すると政府が決めたり、橋や道路の建設に大きなおカネをつぎ込むことを新たに決めたりすれば、貨幣(と国債)の裏づけに使える税収が減ります。そうなると貨幣の魅力が薄れ、需要も減り、その結果、物価が上がります。この典型的な例は戦時インフレです。
減税によって物価が上がるというのは、たしかに手元にお金が残るなら物価も上がるか、と思ったけれど、そうなら今の税収過去最高・物価高はどうなんだろう。
1970年代からの高インフレで苦しんでいたブラジルは、貨幣量抑制しようと金利を引き上げたが、インフレは収まらなかった。これは金融引き締め時点ですでに債務残高がきわめて高かったため財政収支の悪化が大きくなったからと考えられる。
債務残高の高い日本で高インフレになってしまうとあとがたいへんそう・・・
人々の協調行動と、その背後にある予想が重要な役割を果たすのは、スーダンの事例だけでなく、高インフレの他の事例も同様です。ハイパーインフレの事例を調べた研究では、高インフレを起こす仕組みとして、①物価がX%の率で上がると皆が予想し、②その予想を踏まえて企業や店舗が値札を書き換える、③その結果実際にその率で物価が上がる、というメカニズムが考えられるようになりました。 この仕組みは、人々が予想したことが実際に実現されるので「自己実現的予想」とよばれています。これによって起こるのが「自己実現的インフレ」です
人々の予想が織り込まれるということは株価と同じ?
インフレを実現するには、二つの条件が必要ということがわかりました。第一の条件は、人々がそれを予想し、その予想が社会のコンセンサスになることです。第二の条件は、中央銀行がだぶついた貨幣を吸収するオペレーションを行うことです。二つのいずれが欠けてもインフレは起こりません。
貨幣吸収というのはインフレ対策としての金融引き締めということでもあると思うんだけれど、うまく腹落ちできなかった。
景気がよくなって失業率が下がると賃金上昇率が高まるという関係がはっきり見えます。この関係が最初にアルバン・ウィリアム・フィリップスによって発見されたのは一九五八年のことで、「フィリップス曲線」と名づけられました
失業率とインフレ率が関連するというのはおもしろい。
貨幣量の増加は、短期的には望ましい効果をもつが、長期的には有害(高インフレ) 無益(失業率の改善なし) ──一九七〇年代初には、こうした理解が経済学者とポリシーメーカーのあいだのコンセンサスとなりました
いまの日本のような少子高齢化で失業率が低くなっている状況はどうなんだろう。
価格が硬直的であるからこそ、貨幣量の増加で失業率が改善する
うーん・・・
ポリシーメーカーと経済学者は、この半世紀のインフレとの闘いの果てに、インフレ率のコントロールにはインフレ予想の安定が不可欠という理解に到達し、そのためのツールとして予想に働きかける政策を編み出してきました
IR的な?
一九八七年から二〇〇六年までFedの議長を務め、マエストロと称賛されたアラン・グリーンスパンは、一九九四年の議会証言で、中央銀行が目指す物価安定とは何かに言及し、「経済主体が意思決定を行うにあたり、将来の一般物価水準の変動を気にかけなくてもよい状態」と定義しています。
この、意識されないのが目標というのは危機対策組織と似ているのかも?
そんな感じです。