ここしばらくのあいだに人口100億人という言葉に2つの場所で遭遇した。1つは、土壌研究者、藤井一至さんによる新書「土 地球最後のナゾ ~100億人を養う土壌を求めて~」、もうひとつはAmazonプライムビデオでみたドキュメンタリー「100億人-私達は何を食べるのか?」(2015年)
どちらもおもしろかったので簡単に紹介してみる。
土 地球最後のナゾ ~100億人を養う土壌を求めて~
前著の「大地の五億年」も人間を支える土の知らないことがたくさん書かれてよかったけれど、こちらはさらに世界の土と食に踏み込んでいる*1。前著では植物が土壌を酸性化しているメカニズムを紹介し、これが農業にも影響を与えていることを紹介している。そして日本など湿潤地では植物生育に欠かせない水に恵まれる一方で土が酸性になってしまう問題を抱えており、いっぽう乾燥地の肥沃な土壌では水が少ないかわりに栄養分が多いため土壌酸性化の問題を緩和できるという。農業の抱える本質的な問題に対して、乾燥地を選ぶことで酸性土壌を回避したの灌漑農業であり、湿潤地で酸性土壌とうまく付き合うことを選んだ例が焼畑農業や水田農業であるという視点がおもしろかった。
東アジアの水田の伝統を裏打ちしている土のメカニズムは興味深く、豊富な降水量とそれが山林を経てもたらす無機栄養があって連作障害もなく持続可能で、日本では当然のように広がっているけれど人口密集地の東アジアの人口を支えるすごい農法。もう片方の乾燥地では過灌漑によってはナイル川の恵みのあった*2ナイル以外の古代文明は滅び、現代においてもアメリカのプレーリーなど塩害や土壌流出が進んでいる。土壌は100年に1mmから1cmとつくられるのに途方もない時間がかかる一方で耕作や過放牧に起因する土壌流出ははるかに早い。過去の文明崩壊のプロセスをなぞりそうではあるけれど現代社会と科学は乗り越えられるだろうか。全体的にはちょっと暗澹たる気持ちになった。欧米では不耕起農法など、土壌流出を防ぐための農法の実践もはじまっていてこれはすごい取り組みではあるけれどマクロに影響を与えられるだろうか*3。
ただ、本書では前向きなはなしもある。たとえば、ブラジルのセラードでは、1970年代から日本を含む外国資本が中心となってサバンナを大規模に切り拓いた結果、セラードは広大な牧草地、ダイズ、トウモロコシ畑へと姿を変え、そこでウシを飼育し牛肉の大産地となったという。アメリカのステーキの生産システムとの違いは土壌が肥沃なチェルノーゼムではなく、貧栄養なオキシソルであること。貧栄養な土地を農地に変えられるのは、緑の革命でも本格的にはできなかったことだと思う。これについてはこう書かれている。
オキシソルには二つの問題があった。まず、オキシソルの赤さの原因である鉄さび粘土は、リン酸イオンを吸着する能力が強い。リン酸肥料を少しまいただけでは、植物に届く前に粘土に奪われてしまう。この問題をクリアするために、粘土の吸着力を上回る大量のリン酸肥料をまく。カネの力だ。もう一つの問題は、土壌が酸性なことだ。オキシソルはもともと酸性土壌だが、ダイズを栽培すればさらに酸性に傾く。大気中の窒素を固定してくれるダイズだが、余った窒素は硝酸に変化してしまうためだ。この問題を克服するために、石灰肥料をジャブジャブまいた。
資材を大量に投入したということでなかなかよそでは真似はしにくいうえに、一部、ブラジルの熱帯雨林を切り開いている点で懸念も多いけれど、世界で見ると農地の開拓の余地はまだあるのかもしれない。食についての資源や持続可能性についてはマクロな統計もさまざまな解釈があって難しいけれど引き続き気にしておきます。
前著もよいのでぜひ。 [asin:B0186YMUFO:detail]
100億人-私達は何を食べるのか?
こちらは子をあやしながらAmazonプライムで観た映画*4。 欧米の食にまつわるドキュメンタリーは視点や映像はおもしろくとも危機や安全性を煽るものが少なくないので斜めにみていたけれど抑制的だし映像の力も感じられる。
人口100億人になったときに地球の食はどうなるか考えるために各地のさまざまな取り組みを紹介するドキュメンタリー。
肥料のためのカリウム鉱山の近くに積まれた高さ200mの白い残土や、毎年数10%も成長するインドの養鶏工場の様子など食の需要増に対する供給体制の危うさは知らないことも多かった。 供給増に対する取り組みとしては、昆虫職や京都の植物工場、モザンビークでの飼料用大豆農園、カナダのサーモン養殖場(養鱒場)、実験室での培養肉などが取り上げられていたけれど、どれもコスト面などで現時点では期待は薄そう。
そんななか興味深いのは3つ。 1つは市場の力。 シカゴにある世界最大の商品先物取引所にて超大物投資家、ジム・ロジャースへのインタビューで彼はこう発言していた
過去30年農業はひどいビジネスだった。高齢化・高い自殺率(インドで100万人)。これは価格向上が解決する。
これに対して、監督はギャンブルが食糧危機を招いたのではという説も紹介している。2008年・2011年に穀物価格が3倍になったけれどこれで主食を買えなくなった農民もいるという。商品価格の上昇で小農が稼げるようになるわけではなく投機筋を呼び込むだけで実際には大農家にしか分け前はあたらないのではないかと監督は市場依存を批判的にとりあげていた。
市場は価格を起点に需要と供給に影響を及ぼす強力な仕組みではあるけれど、昨今の電力価格の高騰で電力市場が高騰しているように*5依存すると手ひどい仕打ちも受ける。
ただ、市場は誰かが定めた制度ではなく現象でしかないので、これを活かして悪い部分を政府が規制するような姿勢しかないようには思う(マルクスは資本が悪いと言ってたけれど)。
自分は今の農作物の価格はかかるコストのわりに安すぎると思ってはいて農作物の市場価格があがって消費者も受け入れることができたら生産者の利益にはなるとは考えているけれど、買い手優位なマーケットでは生活必需品はなかなか値段が変わらない。 でも、農業者の高齢化や、産地の人口増、農地の減少、気候変動による不作でまた価格は上がってこざるを得ないのでは、とは思っています。そして価格が上がって稼げるようになるとまた参入者も増えるのでは、と。もちろんそのプロセスでも失われるものは多いし楽観すぎだとは思うけれど。
あとあと、ジム・ロジャース、日本の経済紙などのインタビューではポジショントークっぽいことばかり書いているけれど、かれが前世紀に世界一周したことを書いた本はめちゃめちゃおもしろいのでおすすめです。まだ誰も投資していないけれど可能性があるところをみつけて投資するというフィールドワーク的な投資スタンスで成功した投資家の視点がよい。
2つ目は有機農業。 マラウイの農村では、これまでトウモロコシだけを育てて同じものしか食べていなかったけれど干ばつに脆弱ですぐ飢饉になっていた。現地の白人の菜園をまねて、間作でいろいろ育てたら自給の安定性も増したし商品として売れるもののバリエーションも増えたという。 監督もこう書いている。
小さな有機農業の圃場は環境保護主義の遊び場にみえたけれど、途上国のほとんどの小農は同じような環境なことに気付いた。労働集約な分、単位面積当たりの収穫量は大農家よりも大きい
(土壌・労働者に対して)収奪的なプランテーション農法よりは低インプットでリスクを分散できる多品目の有機農業は頑健なのかもしれない。ここで書いている有機農業は、農薬を使わないというよりも、気軽に農薬を買えない環境で現地にあるもの(畜糞とか)や生態系をつかってリスク下げるくらいの意味合いです。
3つ目は都市農園 紹介されたのはアメリカ、ミルウォーキーにある元NBA選手ウィル・アレンが運営するグローイングパワー農園。140人雇用していて規模でかい! 魚の養殖と組み合わせるアクアポニックスは本で読んでいた限りではおもちゃにみえていたけれど映像でみるとなかなかおもしろそうに見えた。いろんな地域がこの取り組みを参考にして広がっているそう。土地都合で日本ではしにくいかもしれないけれど、キューバのように化学肥料など輸入ができなくなったときにはこういうの増えるんだろうなとは思った。
まとめ
2020年で77億人いる人口は2055年ごろに100億人を超える*6。それだけ食料の需要も増えるけれど農地や単位面積当たりの収量は簡単にはあがらない。需要が増えて価格もあがっていくと世界はどうなるでしょうか。
日本は、人口も減っているし、水田という素晴らしい農法があるけれど、担い手の高齢化や減少もあるうえに、1993年のコメ危機では一年の冷夏で供給が大きく崩れるなど薄氷だと思う。
マヤ文明が気候変動をきっかけに滅びたという説があることは去年ブログに書いていたけれど、人口が増えるとドミノ倒しに混乱するリスクはあると思う。
そんなこんなで土をきっかけに現実逃避して先のことを考えてみました。おちなし。
*1:ヤマケイ新書さんが本書を出したのすごい
*2:過去形なのはアスワンハイダムによる
*3:日本では土壌や農地のサイズが違うから簡単には採用できないけれど、こういう映画がある。 kiss the ground https://kissthegroundmovie.com/
*4:最近ミルクをやったり、ぐずっているのをあやすときに映画をながらみしがち
*5:市場連動型の電気料金は想像を絶する金額に、いま新電力がやるべきこと:日経ビジネス電子版
*6:世界人口統計