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「プロジェクト・ヘイル・メアリー」はド直球ド迫力の宇宙SFだった

※ 前半に未読者向けに紹介文を書いて、後半に読み終えた方向けにネタバレ感想を書いています。

未読者向け紹介

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今年も早川書房1500作品が50%割引の超大型電子書籍セールがきたので、SF・ノンフィクション中心にオススメを紹介する - 基本読書

本書は映画化もされて大ヒットしたハードSF「火星の人」*1のアンディ・ウィアーの第3作。 読んでもらうために権威に頼って紹介すると、ビル・ゲイツの「2021年に読んだなかで大好きな本5冊」にも選ばれている。ゲイツはわかってる。

ビル・ゲイツが選ぶ「2021年に読んだ記憶に残る5冊の本」 - GIGAZINE

第1作の「火星の人」は探査の事故で1人火星の残された主人公が知恵と前向きさで状況に立ち向かっていく、緻密かつ軽快なおもしろさのある傑作。第2作「アルテミス」では移住初期の月面を舞台に親がイスラム教徒の溶接職人の悪ガキ少女が自由気ままに活躍する作品。一部ではあまり評価されていないようだけれど、人口数千人規模で、都市を建造しだした初期の月面で開発のためさまざまな移民がいるという都市建設・文化発生のダイナミズムが伺えたことや第1作から健在のハードの描写もとてもよかったし、主人公である少女の描写がいきいきしていて楽しい作品だった。そして本書「プロジェクト・ヘイル・メアリー」はやや新しい路線で、前作を越えるすさまじさがある。

この類をみないストーリー展開のために、いくつかの舞台装置や設定はご都合主義なところもあるので気になる人もいるだろうけれど、それがあってこそ描かれる物語はすごい。

ここ数年で世界中で注目され続けている中国発の傑作SF「三体」と比べると登場人物の数や関係がシンプルなのでかなり読みやすいとは思う。三体挫折した人はこちらから読みましょう。

と、簡単に紹介してみましたがあらすじや紹介としては冬木糸一氏の記事がまとまっていて詳しいのでこちらを読んでください(自分も冬木さんの記事のアフィリンクで購入しました)。 huyukiitoichi.hatenadiary.jp

以下ネタバレ

もう読み終わった人しか読んでいませんよね?冬木さんが「宇宙SF&宇宙生物学SF」として紹介したのはさすがすぎます。宇宙生物学という言葉に込めたいろいろなものがわかる。もう数年後には、ファーストコンタクト物の傑作として紹介されるだろうけれど、そうなるまえに、ファーストコンタクトものだと思わない状態で読んでほしい。それを知らずに読めたからこその驚きがあった。「まじで」となって手が止まらなくなる。

いくつかの欠点

いや、ちょっと不自然なところはたくさんある。

たとえば

  • ペトロヴァ対策委員会として強力な権限をもつストラットが主人公をひっぱりだすところ。実験設備の用意はだれがどうしたんだとかチームじゃなくて個人なのか、とか(ここらへんは映画っぽさはある。「インディペンデンス・デイ」や「インターステラー」とかも)
  • 主人公がストラットのNo2とみられるようになるところ。絶大な権力をもとにもっと組織だってやれないのか(ここらへんの国際行政の権力の舞台装置としては、三体の「壁面者」はとてもうまく描いていたと思う、その分、登場人物も増えて重くなったけれど)
  • ロッキーが音楽的な和音を話すとはいえ、コミュニケーションや翻訳がうまくできすぎなように思う。単語1000個を獲得するまで端折られすぎでは。単語が人類と対応しすぎでは(しかし、普通に読んでいると気にならないような描き方はさすが)
  • ロッキーが40年以上漂流していたとはいえ、人類とエリディアンがたまたまタウ星系を訪れるタイミングが被って邂逅できたのが奇跡過ぎる
  • 主人公の操船や航路計算とかすごすぎるんだけれどさらっと表現されすぎでは(まあ、計算が続くと読者もうんざりするか・・・)
  • ロッキーのエンジニアリング力や材料、宇宙品質の鎖の用意とか燃料の再充填とかすごすぎでは。無から有をつくりすぎ?(23人の大所帯での移動のためたくさん機材があったという背景はあるにせよ)

と、気になるところはあって各マイナス10点として合計マイナス60点かになったとしても、だからこその強力な物語展開ができてそれによって1億点とかあるので帳消しになっている。キセノタイトや計算力はあるにせよ、地球人と文明レベルは大きく変わらない異星人と人間が協力して危機を乗り越えて文明を救うのはアツすぎる。

「火星の人」のときと比べて、もちろん見る人によってはこの作品も気になるところはいろいろあるだろうけれど、リアリティのラインを下げていて、だからこそのSF的危機とその対応を描くことができている。

物語設定の妙として、危機の源でもあり、奇跡的な推進剤になるアストロファージがまずあげられるけれど、これがあることで汎用コンピュータを作りこんでいない文明でも外宇宙に出られるということがおもしろい。これは、現代人には信じがたくともアポロ計画の時代を考えるとありえるようにも思えてしまう。そしてそして、同じく相対性理論を発見しなくても、惑星系の外(恒星の重力の及ばない遠い距離)まで出られるというのもなるほどという感じだし、これによって過剰だった燃料や設備の余剰が危機を救うことになったというのもいい。

知性と進化

また、物語設定の中でこれまで自分が読んできた(出版数と比べるときわめてわずかな)SFと比べて類をみないと思ったのは、人類や地球の生命体も宇宙由来だとするパンスペルミア説と宇宙に出る知的生命体のレベルについての示唆。

なぜエリディアンと人間とで、可聴域に重なりがあるのかということの説明として、捕食者から逃げるために物理音を聞けるものが進化によって選抜されたからというものはわかりやすい。そして、思考の速度は重力に影響するというのも興味深い。これは、脅威や獲物を認識して行動できるレベルであれば生存することができて、それは重力がベースになると説明されている。

さらに、作中で暗黙的に示唆されているように感じたのは、こういう進化によって出現し、生存を続けてきた知的生命体には利他の考えがあってもおかしくないということ。さらに踏み込むと、好奇心やそれによる他の知的生命体への友好的な姿勢も(人間のように)ありえる(もちろん、必ずあるわけではない)。

これは、進化ゲーム理論での、複数回実施される囚人のジレンマ状況において、さまざまな戦略が生み出されていった中で、しっぺ返し戦略や、主人と奴隷戦略が生き残ってきたのと似ているようにも思う(さまざまな議論があるけれど)。

これまで、ファーストコンタクトものでまったく進化の経路が違う異星人が人間と同じような考え方をしていたり、あっさりコミュニケーションがとれてしまう作品について、ご都合主義だなあ、もっと異質さが必要なのでは、と感じていたけれど、一周まわってこれがある程度正しいのかもしれないと思えた。つまり、宇宙に進出できる科学と技術をもった知的生命体は、進化の過程である程度、似たような思考速度や好奇心を持ちえるように収斂進化することは奇跡的なことではない。 もちろん、作中でロッキーが指摘しているように、宇宙船をつくれるほど知的レベルが高く、独力では恒星に関する問題を解決できないレベルでは、という条件もあるので、より高次な知性がいることとは矛盾しない。

そして、これらの利他の心や好奇心があることで異星人感でも友人関係が成立しうる。

これは、「三体」での、宇宙社会学の公理、

  1. 文明は生き残ることを最優先とする。
  2. 文明は成長し拡大するが、宇宙の総質量は一定である。

から導かれた黒暗森林理論と同じくらい衝撃だった。

本作で描かれたファーストコンタクトは、お互いに一個体のみであったことから、集団の疑心暗鬼がすっとばされたというのも巧み。 (エリディアンと人類も、こういう出会いを経ずに技術を発達させてお互いを認知したら、それぞれ好奇心や利他の心をもっていたとしてもゲーム理論的な状況の均衡として黒暗森林攻撃を選んでいたかもしれない)

dai.hateblo.jp

読みながら連想した他作品

本作に近いものはこれまでにあっただろうか。 太陽のエネルギーが奪われることでもたらされる地球の寒冷化を食い止めるためのプロジェクト、という点では野尻抱介*2の「太陽の簒奪者」も連想した。 本書との違いは、人類は地球にいて、そこでのさまざまな駆け引きがあることや、女性科学者の*3人生を描くところやファーストコンタクトの緊張状況を描いているのが醍醐味。知性の描き方もおもしろい。こちらもファーストコンタクト&宇宙SFとして大傑作なのでみんな読みましょう。

あと、(ほぼ)単身で技術的な問題を解決していくというのは、アーサー・C・クラークの「渇きの海」を連想した。これは月面でのある事件を技術的に解決していく話で、人類から見るとミクロではあるけれど、個人の生存のための危機感とは近いかも。

ハードよりなSFで異文明と協調するものとしては「天冥の標」もあったけれどこれは協力といえるかは疑問だし、どちらかの居住していた惑星で邂逅するとどうしても協力にはならないよなあ。やはり、第三の場所で出会うという設定が巧妙すぎる・・・。

あまり本筋と関係ないけれどよかった言葉を引用

状況は致命的で切迫しているが、一方でそれが標準になってしまってもいたのだ。第二次世界大戦中、ロンドン大空襲下のロンドン市民は、たまに建物が吹き飛ぶこともあるとわかったうえで、ふつうの暮らしをしていた。どんなに絶望的な状況だろうと、誰かが牛乳を配達しなければならない。そしてもし夜のうちにミセス・マクリーディの家が吹き飛んでいたら、配達リストから消すだけだ。

これはある・・・。

「ええ」ハッチがいった。「〇・九三c(cは光速を表す記号) の巡航速度に達するまで五〇〇Gで加速してね。地球にもどるのに一二年以上かかるけど、最終的にそいつらが経験するのはたった二〇カ月で。神を信じます? 個人的な質問だってことはわかってるけど。ぼくは信じてるんですよ。で、〝彼〟は相対論をすごいものにしてくれたと思ってるんです。そう思いませんか? 速く進めば進むほど、経験する時間が少なくなる。まるで〝彼〟がぼくらに宇宙を探検しろといってるみたいじゃないですか、ねえ?」  彼がふっと口をつぐんで、ぼくを見つめた。

ハッチはいいキャラしているんだけれど、この使命感ともいえる考えはほんとよい。

ローマ帝国ですら例外ではないわ。皇帝のことやローマ軍のこと、各地を征服したことはみんな知っている。でもローマ人がほんとうに発明したのは、農地と食料や水の輸送手段を確保する非常に効率的なシステムだったのよ」  彼女は部屋の奥へ歩いていった。「産業革命は農業を機械化した。そしてそれ以来、わたしたちはほかのことにエネルギーを注げるようになった。でもそれは過去二〇〇年間のことよ。それ以前は、ほとんどの人が人生の大半をみずからの手で食料をつくる作業に費やしていた。

そうなんだよね。人類はいまだに食に支配されている。 そして、アストロファージに頼ることができないわれわれは気候変動・地球温暖化にどう立ち向かっていくべきだろうか。ちょっとした気候の変化が数年続けばあっというまに飢饉に陥って、200年前に戻ってもおかしくない。本作では、寒冷化に対処するために南極で核爆発をおこして氷のなかの温室効果ガスをどかどか出すとかしていたけれど、それの逆のような特効薬はあるだろうか(核融合発電くらい?)。生活していけば輩出され続けて地球を温め続ける温暖化、現実は、SF作品よりもハードにSF的状況を生み出しているかもしれない。

*1:映画の邦題は「オデッセイ」

*2:なぜか著者を紹介するときには敬称をつけにくい・・・すみません

*3:ここで、「女性」とつける必要があるかは議論の余地があるけれど、まだSFでは稀な気もするので本記事を読む人の気を引くためにつけています。ご容赦を!10年後には不要になると思う。そういう意味では、原型を前世紀に書いていた野尻先生すごい