ぜぜ日記

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「三体0 球状閃電」すばらしい研究開発SF

三体0を読みました。 あの世界的にヒットした傑作SF三体3部作の前編、prequelです。 でも、三体を読んでいなくても楽しめるし、むしろ三体を読む前のほうが楽しめるかも。実際の執筆順もこちらが先で、中国では単に「球状閃電」という名前で2004年に公開されたということ。

主人公は球電、ボールライトニングと呼ばれる現象に遭遇しこの研究にのめりこんで、大学に進学して勉強を重ね博士課程にも進む。その後、球電の兵器としての可能性に目を付けた軍とかかわるようになっていき、球電の謎を解き明かしていく・・・。

という物語なんだけれど、SF的な仕掛けというかはったりが強いうえに自然で圧倒された。 やや気弱に感じる主人公が研究に取り組んで、博士号取得に苦労したり、研究のスランプに陥ってそこから復帰するさまなど、ちょっと等身大の研究者に近いさまが描かれたSFは珍しく感じる。また、兵器開発というのも重要なテーマになっていて、主人公の葛藤もいい。

いくつかのセンシティブなモチーフがあり、いま中国でこれを書けるのかは少し気になる。ソ連アメリカの剛腕さも迫力があります。

最初1行目の注釈から緊張感があって、1割ほど読んで、え、こんなおもしろくてペース続くの?と不安になって2割くらい読んだところでやばすぎる、となって3割くらいで主人公と同期して放心しかけて、5割くらいでまじで、となって勢いで読み終えたしまった。

SF初心者にも読みやすいとも思えます。

以下ネタバレ感想。

まず、

本書における球電の特徴やその動きの描写は、すべて二〇〇四年時点の歴史的事実に基づく。

という注釈からはじまる作品で緊張感が高まる。

林雲や丁儀など中心的な登場人物も特徴的で鮮烈だけれど、指導教官の張彬が地味に味わい深くてよかった。趙雨や高波も、どこか大学にいそうな感じがとてもいい。でも、主人公、球電に翻弄されつつのめりこむ陳の等身大さが自然で物語にのめりこんでしまった。

一番好きなシーンは

「大佐、すぐに戻れますか?」「戻って何をするんです?」「球電の研究ですよ、もちろん!」

これは三体IIでの羅輯のひらめき、にも通ずるものがある。 その前のスランプ中の生活が具体的でよかったけれど。

新しい生活になじもうと努力した。オンライン・ゲームに課金し、サッカーを観戦し、バスケットボールをプレイし、徹夜で麻雀をやった。専門書はすべて図書館に返却し、かわりに大量のDVDをレンタルした。株もはじめたし、小犬を飼おうともした。シベリアで手ほどきされた飲酒の習慣が尾を引いて、ひとりで飲むこともあったし、知り合ったばかりのいろんな友だちとも飲みにいった。恋人を見つけて家庭を築こうとも考えた……が、まだそのチャンスに恵まれていない。午前二時まで偏微分方程式を見つめたままぼんやりすることも、十数時間コンピュータを見守りつづけて最終的に失望の憂き目に遭うことも、もうなかった。(中略)自分がいままで見下していた人たち、もっと言えば憐れんでいた人たちが、みんなぼくよりずっと充実した生活を送っていたのだとはじめて悟った

この葛藤、ちょっと刺さってしまった。自分はなにかひとつのことに執着できていない・・・。

地味な研究だったとさらっと流された張彬の研究が後半に生きるのもあつかった。

テロリズムの描き方にはすこし唐突さも感じたけれど、個性的なテロリストのインパクトと、兵器としての使い道と終盤での使われ方にはつながった。もうちょっと共感できそうな動機や葛藤があってもよかったかもはしれない。

戦争の描き方は巧妙。主人公は軍にかかわっているけれど、あくまで間接的に外の世界の出来事として描いて、経緯にもまったく触れず、相手の国名も明示はしない。 とはいえ、「カール・ヴィンソン」や「ジョン・C・ステニス」「ハリー・S・トルーマン」という艦名からはアメリカなことは明らかではあるけれど、その強大さを描けていて、中国・アメリカ、どちらの人が読んでも自尊心を害さないようにも思える。

印象的な丁儀のセリフ

物理学者はこの世のことなんかなにも気にかけていない。二〇世紀前半、物理学者たちは原子力エネルギーを解放する公式と技術をエンジニアと軍人に引き渡したあと、広島と長崎が支払った代償を見て、欺かれ傷ついた純粋無垢な人間のようなポーズをとった。どうしようもない偽善者だ。実際は、自分たちが発見した力が現実にどう働くか、見たくてたまらなかったくせに。これこそが彼らの、いや、ぼくらの本性だ。ぼくと彼らの違いは、ぼくが偽善者じゃないことだ。

読んだら感想を教えてください。ビデオチャットでもかまいません。

三体についてはここでも書いていた。

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